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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

記事を書く気分になれない→たぶんこれは秋の活動報告


コミティア終わったあたりからかな…全盛期顔負けの炎上芸を繰り広げて「俺、ハックル野郎の後継者を名乗れるんじゃね?」というぐらいに記事を伸ばしまくった。連戦連勝、話題を独占しながらも一般の読者にも議論を起こす理想の試合運びをマスターしかけたときだった。…急にむなしくなった。

別に「文章が嫌いになった」とか「ネタがない」ということじゃないんだ。

ブロガー同士なら分かり合えると思うんだけど…急に「これっぽっちかよ」って自分の書いているものに空しさを感じた。書けば書くほどに…詰まんなくなり始めた。

書けば書くほど、「こんなもんじゃないだろ!俺は!!これで勝ったって、誰も、何も変えないよ」って思えてきた。

生活が久々に不安定になって、ティアで精神的に追い込まれて…うん、確かに色々はあった。だけどさ…そんなことじゃないんだよ。僕の腕が上がった落ちたなんて短期的なもんじゃないんだ。

ただただ、思ったんだ。「はてブ数4000までの道のり…すなわち、大学時代に僕が読んでいた『三橋貴明』さんから受けた衝撃って今の僕のレベルだったかなぁ…って。」(※ツイッターにも少し書いたが、総はてなブックマーク数で僕が次に超えたいのは約4000はてブをお持ちの三橋貴明先生なんです。そして、三橋さんには僕も影響を受けているから、彼を超えるのはただ単に「ブクマだけで」ではなく、もっと包括的に超えてみたいんです。)

トラックバック読み返したときに「もっと詳しい人に僕のアイデアをさらに知識を加えて書いてもらう」という目標を達成してるけど…そのレベルでいいのかなぁ?って。

正直言って、僕は7・8割ブログでやりたいと考えていたことはやってる。はてなで名前を作ったことで僕の周りには僕の話をする人の数…僕の記事について議論してくれる人の数は増やした。同人誌寄稿の依頼、数々のはてな民からの言及や面会。

はてなの中には「馴れ合いはmixiでやれ!そんな生ぬるいコミュニケーションをネット(特にはてな)でやるな」という言い分の人が多い中で、mixi的なネットライフをはてなでやり遂げることに僕は成功してる。ネットでの知名度や人脈をリアルを彩り、僕のブログをきっかけに硬派なユーザーにオタクネタを、オタクネタばかりの人に社会論を読ませる事…「斜め上から目線」管理人のあままこ氏がいう「ネットで有名になりたかったら自分の専門分野を強化して、そこから広げていくのがセオリーだ」の逆を実践してる。あらゆるスタンス、ネタを使い分けて幅広い攻撃範囲でブログを作ってる。

2・3割のできてないこと?アフィリエイトと同人誌売り上げといった数字面のリターンが希薄なこと、mixi以外のリアルでプライベートで合える人脈がそれほど膨らんでないこと。(mixi,hatena,twitterなどの垣根を越えて『TMオフ』をやりたいといったが、それをやれるだけの体力がブログにないこと。)

…ネットの欠点はヘビーな読者がいてもその人がたとえば新潟、たとえば福岡、たとえば大阪に住んでいるとあえないんですね。これはコミティアでもかなり痛感したことだけども、同日開催の文学フリマで俺の名前出す人がいても、コミティアにそういう人はほとんどいなかったわけだ。(だが、あれだけいい加減な売り方・売り物でも俺の名前ひとつで中身も読まずに買う人が吹く数名いたこともまた事実)

結局は3.4月に戻っただけ。「ヒットメーカーだけど、ヒットだけに没頭すれば、結局は自分でそれを狙いにいくのが嫌になっていく」んだ。書けば書くほど、『濁る』んだ。俺自身がはてなと一般の人の評価を真っ二つになるギリギリの立ち居地に踏み込めば踏み込もうとするほど相手を単体で見られなくなる。

自分のためにとか、同人作家さんにとか、ニコ動でアニメ見てる人へ、政治に対してもやもやしてる人に…僕自身が「誰かの前に向かっていく」記事って書き終わっても気持ちがいいし、はてなの人はちょうど批判しやすい「荒削り感」と一般の人が共感する「熱さ」が全部出る。

それがヒットの秘訣だと気づくところまでは確かに言った。僕は岡田さんにも、ルパン三世詰まんないと感じる人にもなるべく彼らの前でしゃべるように書いてきたが…それを台本的にやるとなった瞬間に、あるいは常に「ラブレターを読む女の顔が見える場所に立つ」意識になったとたんに、僕は「記事なんか書いてる場合じゃないなぁ・・・」って思った。

「冷酒とシロクマ先生の小言は後から来る…」こういうときに敢えて「書かない」って選択ができたのは先生のおかげだと思ってる。少なくとも今年の9月までの俺ならはてブこじきになって、ひたすらブクマを狙いにあせって、読者のためにも自分のためにもならない・・・有村悠さんの言葉で言えば「誰も幸せにならない」オナニーで、僕は僕の感情を満たしていただろう。

…精神的に安定した時期に入ったらかな?それとも、テーマがかっちりと二段三段上のテーマが決まったあたりかな?

その時まで、しばらくはのんびりとヒットを狙わずに、だらだらと好きなことを書いてみたいと思う。下手をするとアニメの話も社会論も書かず、ひたすらレビューと俺の話をやるブログ展開が12月中ぐらい続くと思う。

ただね…僕は三橋さんをはてブゲームで超えたくないんだよ。自分が大学時代に「自分で調べる」「教授に質問しに行く」「ニュースともう一方、二方別の解釈や思考を楽しみ、描く」っていうの大事さを僕は三橋さんから教わったんだ。彼のことを詐欺師呼ばわりする人もいるし、僕も策士で狡猾な部分もあると思う。…だけど、それでも僕にとっての大きなきっかけの一人は彼だったんだ。

彼はたしかにたたかれている。はてな村やほかの経済学者、保守派の中でも一部。だが、ファンもいる。

僕も両方いるが…ファンに対して三橋氏が僕に与えただけの衝撃をブログで読者に与えられているだろうかね?

そう考えると「今記事を書くよりも、もっとちゃんと煮詰めてアンチがなんと言おうが、読者が『お前についていきたい』」って思っていただけるような記事をテーマ的にも知識的にも書いてみたいんですよ。


他人がなんと言おうが、僕は対談でも、経済記事でも、オタクネタでも、自分の日常のことでもヒット記事を持っているオールラウンダーなんです。だけど、何でもかけるからこそ、小細工に逃げてきたことは反省しないといけないし、僕が次の同人誌を出したり、3月ごろの世間がにぎわってブログが延びる時期の勝負どころが来る前に一息つきたいなぁ・・・って思ったのです。



答えもはてな村民の解釈もいりませんし、興味もありません。ただ僕が見たいもの、作りたいもののために必要なことをやる。可能な限り明確で、夢と生産性があって、共感・共有できる事を進めて行く。

自分が一番楽しくて、常に策を持ってないとだめでしょ!僕は「傍観者」ではなく、「当事者」何だから。