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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

コミュ力の正体〜お姫様をエスコートするために僕がやったこと〜


一週間前、コミティアの僕のサークルに来てくれた方はご存知かもしれないが、親子の女性スタッフにお手伝いをしてもらってました。初対面だった「子」の方が、幼少時のトラウマで男性恐怖症と十年来の躁鬱病という「難攻不落のお姫様」だったらしいんだ。ただ、三日後に「母」メールが来て「子が『20代前半(親以外)でアレだけ話せた人』は君が初めてだ。また、お茶でも何でも会って話したい」と言われた。

「母」曰く、「前人未到の快挙」なんだそうだ。もちろん、僕と「子」に共通点が多いのもあるが、僕は「生、リアルでの対話で初対面の相手と溶け込むこと」はできる方ではないかな?

転勤族として育った功罪の「功」の部分は僕が初対面の相手や年齢が違う相手とも抵抗なく話せることだろう。高校時代にクラスメイトの7割が全国区のスペシャリストだった事、就職先で22・23でカシラをやらせてもらったことで、僕の「コミュ力」を大きく飛躍した。相手と世代や趣味が違うなかで話題をつくり、一緒に仕事や趣味をやり遂げないといけない環境はコミュ力を培ういい訓練になった。
もちろん、転勤族の功罪には「罪」の部分もあるが、少なくとも初対面の相手、年齢が離れた相手に対して、「功」の方が大きく反映される。

今回は昨今話題のコミュ力の話をしていきたい。

  • 結局、演歌と巨人阪神が語れなきゃコミュ障呼ばわりなんだろ?

新進気鋭の社会学者「古都憲寿」さんがさるテレビ番組で「年配の人の方がコミュニケーション能力がない」と発言していた映像を見たが、この発言はコミュ力を議論する上で無視できない視点だ。

コミュ力が若い人に求められる一方、コミュ力が何なのか、どうやったら付くのか、人によってはなんであんなにも卑屈に「コミュ障」だと自称し、反対に「コミュ力がある」という人に限って人の気持ちや意図を踏みにじるような発言、空気を簡単に作ってしまうのか?

いや、そもそも「コミュニケーション能力」の正体からして有耶無耶ではないのか?
それこそ、雑な解釈をする人なら「しゃべれるかどうか」「ハッタリが利く人かどうか」でしかコミュ力を
測っていないのではないのか?

万事において『コミュ力』と言えるものは『一時的に納得させるためのハッタリ』などという詐欺まがいのものではなく、むしろ『心を開ける人間として認められる(信用を勝ち取る)』の事だ。少なくとも人が首をかしげながら自分の要求をきかせればいいなら、極論鈍器で脅して得た了解だって「コミュ力」になってしまう。

そして、もう一つ誤解があるのが「コミュ力がない」(コミュ障)は「性質ではなく状態」なんだ。例えば、アニメの話なら誰とできるが、それ以外はからっきしなんて人もいるだろう。それは「普段できている話し方」がほかの場所でできないだけ。性質的なもんじゃくて、場数が足りなかったり、コミュニケーションについて研究してないから生じること。むしろ、問題なのは「相手とコミュニケーションを取り続けられる話題も相手も全くない人」だが、仕事も趣味も人生経験もない人はそうそういない。詰まるところ「話せる」という体験は誰でも持っているが、自分が話せたときの事を思い出したり研究したりしないから「コミュ障」という言葉がひとり歩きして、「俺のことかな?」と被害妄想を抱くんだ。

「信用を勝ち取る」「話を続けること」について研究すると3つの能力、1つの前提にたどり着く。

  • コミュ力=想像力・行動力・知識(国語力)。だが、前提は相手への尊敬。

抽象的で具体的でない議論からだんだんと具体的なところに入っていく。

コミュ力がない人…その場その場で会話が続かない人にありがちなパターンはこのどれかの欠落によって生じている場合が多い。

例えば、「行動力」がない人の発言には深みがない。知識や話し方を見ていると知的なのだが、自分から違う立場の人間になってみようとしたり、そういう場所を見ようとしないから想像力の及ぶ範囲が自ずと小さくなる。(具体的には「面白い人に会いたい」というヤツで、自分が相手にとって別に面白くない。ネットの住人の「コミュ障」はこのタイプが多いと見受けられる。空気が読めないのではなく、「空気を作れない」タイプ。)

これが「知識」がない人になると、「会話がズレる」という形で出てくる。スタッフの親子の「母」や僕はこの傾向が強い。会話が続く程度にフォローしてくれる人・波長が会う人の間では完全無欠なのだが、相手との趣味や性格が大きくずれてしまうと「何言ってるのこの人?」となりかねないタイプ。(具体的には、会話の中に「遊び」に対応しづらいのがこのタイプ。冗談に真面目に返してみたり、話の文脈を読まないで前提を崩しに行くいわゆる「KY」はこれが多い。空気を作るのがうまい反面で、人の作った空気に乗っかる事が得意でない。)

だけど、一番深刻なのは「想像力がない人」のコミュ障。詰まるところ、相手がどういうかなんてお構いなしでベラベラと自分の好きなことをマシンガントークするおばちゃんやおじいさんなんですが…世間ではこういうタイプを「コミュ障」に含めないけど、一番話が通じない・印象を良くしないタイプはこのタイプなんだ。

コミュ力で最も大事な前提は「相手への尊敬」なんだけども、それが最もない人がこの「想像力の乏しい人」なんだ。行動力・知識・想像力の全てがあっても、相手次第では「コミュニケーションが取れない人」というのはその場その場で相手を低く見るような先入観・偏見を持ってしまう事にある。

例えば、mixiニュースの中に「男が誘いやすい女の特徴」という記事があった。そこでは「美人でハイスペックな女性」よりも、男性がコンプレックスを抱きにくい「普通の女性の方が誘いやすい」とアンケート結果に基づいて説明していたのだが…これは大事な結論が抜けてる。

それは「女ってのは優れたセンサーを持ってる生き物だから、男にとって声がかけやすくても、その態度に『誘いやすいから』という思惑が透けたらほとんどの女性は乗ってくれないよ」って事。

僕なんかはっきり言えばブサメンだし、学歴もお金もなく、元々の友達だって散り散りだから「リア充」からは程遠い。だけど、僕が声をかければ人が来たり、声をかけられたりという交流が女性からもコテコテの男ブロガーからも来る。そのさまだけを見れば「リア充」に限りなく近い。(「恋人」がいないからリア充だと断言しないけどね。)

その僕に「コミュ力」なるものがあるとしたら、相手の尖った部分を早く見つけて、その部分に対して「すごいなぁ…」と素直に思って、その部分を使って会話を掘り起こして行くこと。
正直、僕って高校入って文章で注目集めるまでは「キャラしか立ってなかった」わけです。どこ行っても生徒には一目置かれるけど、先生に一目置かれる「技」を持ってなかったから、そういうものを見つけて大人になれた人を無条件で尊敬しちゃうんだ。おまけに、敬語で話されて嬉しくない人間だから「無作法」な話し方をする。

周囲曰く「君といると警戒心が取れる」と言う人が複数名いるが、これって相手を既に承認してしまうから。互いが互いを肯定し合うように運ぶ空気にしてしまうと僕も嫌なこと言われないし、相手も同じように思う。生真面目すぎてその思惑を読んでくれない人ももちろんいるし、初めから僕を罵倒する気の奴もいる。前者は誠意を持って意図を説明すればだいたい分かってくれるが、ネット上に多い後者はこっちが「良い人」やってると馬鹿を見る。だから、とことん見下してやることにしてる。あんまりひどい時は議論を挑んでみて、それで誠意ある回答があれば、僕はその人にはやっぱり尊敬をもって接してる。

「心を開け」「心を割れ」とネット上で無責任に言う人がいるが、少なくとも僕は相手の態度に合わせてるだけだ。

  • 図示してみよう。

ただ、この「想像力・行動力・知識」という基準は具現化されにくい。とりわけ「この人想像力があるなぁ」と感じるモノは何なのかがわからないため、もう一段階掘り下げて「コミュニケーションに必要な力」を考えてみる必要があるだろう。

そこで、図示してみた。
前提になる「相手への尊敬・関心」を自分がもった上で、次の段階でどのようなアクションがコミュニケーションに求められるか。それは各能力の足し算によって表すことができる。

■行動+想像力=質問力
質問の数を思いつくには確かに「知識」は必要だ。だが、相手との「議論・対談で有益な質問ができる人」にはその場その場での「間」で動くことが必要とされる。相手を見てタイミングよく、最適な質問を出す能力。コミュ力の場合はそれが大きな要素になる。
  
■行動力+知識=経験
経験談の引き出しの大きさは詰まるところ、自分が体験したことをいかに言葉にできるかどうかにかかってくる。「あなたは私じゃない」という時点で相手の知らない面白い話の一つや二つぐらいみんな持ってる。それを言うという行動や、それを拾いに行く冒険がある人なら尚更持っているはず。

■知識+想像力=洞察力(構成力)
ネット上の人の方が高いであろう能力は僕はこれだと思う。話を相手に合わせてちゃんと考えてきておいて、もしくは相手の話を聞き取って「こういうこともあったのでは?」と知識や経験によってイメージで増幅させて会話を盛り立てていく能力。ここでいう『質問力』が相手が話しやすいタイミングや話を取る「切り込み方」だとすると、こっちは話を掘り下げるための能力。

コミュ力とは何か?それは「会話」だ。「楽しい、盛り上がる、仲良くなる、信用を得られるような『会話』とは」何か?それはうまく間を読んで相手に気持ちよく話させること(質問力)だったり、最適な話題を提供して掘り下げること(経験)だったり、ある議題に対して掘り下げた濃い議論をすること(洞察力)になる。

そして、それらを抽象的に世間で言われる「○○力」にすると「想像力・行動力・知識(力)」となる。

そして、それらは全て「相手を認める・尊敬する・相手との時間を楽しいものにしたい」という態度が全ての始まりであり、前提である。僕がコミュ力とは『性質ではなく状態』と言った理由は、相手の求める尊敬の態度にどんな相手にも必要な尊敬の量に自分の立ち位置を置くことができる人がいないから。(高飛車な方がいい場合もあるが、逆にプライドが高すぎてこちらがへりくだらないと被害者意識を抱く「ガキ」みたいな人も居るからそれに合わせきるのはなかなか難しいのよね…。) 

そこの部分は「精神年齢」とか「立場」の問題で、これはコミュ力の問題というよりは「バカの壁」に近いものだと思ってもらったら良い。バカの壁を超える方法は向こう側が最適だと思う態度をこっちが取るか、向こう側の認識を変えるような話をこっちがするかだが…望みが薄いです。(逆に自分が馬鹿だと見下されてるときは相手の意図を想像してみる。煩わしくて「議論したくありません」の意思表示なのか、「こういう人間なんです」という場合とあるからそこを見抜けばいい。)

  • 最後にケーススタディー一個やって終わりにします。

その人は難攻不落のお姫様。幼いときのトラウマで、男性恐怖症になり、高校時代に克服のために接客のバイトをするも、目を合わせて笑顔を作れるまで4・5ヶ月かかったとか。
また、10年来の躁鬱病もお持ちだという。高校時代に漫研に入って絵を描き始めて、3年間で上達して最後はネットでリクエストが堪えきれないほど来るレベルになったとか。
ただ、持病の躁鬱ゆえにコンスタントにイラストを出し続けることが困難でかつ、ネット上の「お客様的な態度」の人にもうんざりして、絵を描くのもやめてしまったんだって。漫研時代の友達とはオタネタで通じ合っていたのだが、それも自分が絵が上手くなると今度は「生産者としての自分の気持ち」が分かってもらえなくて孤独になったそうだ。

結局、専門学校に行ってもそれは晴れなかった。孤独と絶望を味わったことのある人にとって同世代の「若者」が能天気に見えて仕方ないのだという。(ファッションや恋バナに付き合いきれないけど、絵師もできないし、ただのオタク(消費者)でも居られない、)

(ここまで知識。ここから行動と想像力)

さあ、どんな話をする?

まずは、僕と母で談笑した。というよりもぼくのマヌケ話が多くを占める。これは「内気な人特有の警戒心」を説くために必要なプロセス。いきなり話しかけず「お母さんから聞いてるよ」程度にしちゃう。二人っきりになるシーンもあったけど、その時はまだ寄せ付けない態度だったり、俺とはやりにくそうな空気を出していたから、ティアの会場を歩かせてきた。
  
ティア会場では作品が売れなくてやけになっていたのもあるが、僕はひたすら「道化」だった。

その後3人で食事した。打ち上げをやったのは大崎のオフィスビルにあるイタリアンなんだが…その辺りで彼女に視点を移し始めた。お母さんをイジリキャラにして二人でいじるところから始め「ウチでどうよ?お前のかーちゃん。」って話を母から聞いている話を振って、彼女が僕に「うちはね、」と行くようにした。

それでカーチャンの話を続けても良かったんだけど、僕が最後にやった「二次会」ではスタバでイラストの話をした。「TM式イラスト上達講座」(絵師さんが「参考になった」というのだから多分、信憑性あると思います)に医療・絵師をコラボさせて「女の子の体の書き方に関する議論」をした。

この議論にはもう一個意図があった。それは「草壁さんのイラストをどうやったらブログで語れるか」という事。『草壁さん』というイラストレーターがいるのだが、彼の絵はほかのイラストレーターと違って『すごいけど、ブログで語るだけの切り口を見つけにくい絵師』で僕が一度断念したお題なんです。

僕がやるトークの技法として『自分が悩んでいる、確証がないと思っている議案を人前で話し、「こうではないか」という仮説を人前で話して、反論や理論武装の手掛かりを貰う。』というのがある。これは僕自身の用事でもあるのだが、相手と対等の目線を持って話をしたい時に僕がわざと自信のない話題を持ってくることで相手が僕をどうしたいか、知識量がどうなのかを正確に知ることができる。

その時に比較対象にしたのが「イモリ」「私がモテないのは)ry」というマンガなんですが、僕がイモリのある絵を「骨格上この姿勢無理じゃないの?」って言うと、「それは絵師としてはあらかじめパンチラを狙って先にその足を書いてしまうの」と指摘したり、「女子高生やってたから言うけど、制服でそんなに胸(下乳)の形が出たらそれはスクールセーターやブレザーの素材から言っておかしい」って言ってみたり…。まぁ!出るわ出るわ。

泌尿器科・外科勤務が長かった母の方はおっぱいの話が出ると「乳腺体と筋肉を考えれば、オッパイはかけるんだ」と俺のメモ帳をおっぱいの絵だらけにしてしまいましたよ。

長くなるので続きはは「ティア102レポ - とある青二才の斜方前進 ティア102レポ - とある青二才の斜方前進」でどうぞ。

さぁ、続き続き。
彼女のアクションを時間順に並べると「お母さんにがっちり→愛想笑い→俺をいじり始める(ここでコミティアが終わり、打ち上げ会場へ移動)→質疑応対に答え始める→お母さんをイジる→(スタバへの移動時)お母さんとの距離が少し離れる→絵の話を始める→俺が考え込むと絵師または女性の目線で骨格・胸・服の話を自分からし始める」となっている。

その時間、その時間で想像力を働かせて「今は会話が続かない」「まずは緊張をほぐしてあげなきゃ」「これならもっと話せそうだから二次会をしよう」といった感じに判断・行動して場合によっては自分の経験や情報からうまく洞察力を働かせて「彼女はこうなのではないか」と仮説建ててみる。

え?自慢話?違う違う。
 
僕が母にも娘さんにも尊敬があったからこれだけ執着していろいろ考えながらできた。母についてはそれこそプロ意識の高い仕事の話をいっぱい聞いてきたし、娘さんについては鬱病もってながらインターネットの吹き溜まり感に耐えて絵を書いていた時期があるというのは素直にすごいと思うから、僕は彼女の話を聞きたくて頑張ったんだ!

…長い?もうおしまいだよ!

ああ、なんだ?…アレだ!俺の記事なんぞ読んでるひねくれものだって、伝え方さえ間違えなきゃ、認められるよ。相手が動物ならまだしも、同じ人間なんだから「ちょっと」気づけばいいんだよ。


コミュ力

コミュ力
著者:松村清
価格:1,680円(税込、送料込)




・追記(次回予告)
明日or明後日の夜、草壁さんのphotolog4の話をやろうと思います。実際に草壁さんのサイトから画像をとってきて、彼の絵の魅力に彼が書いたものとは違ったアプローチで迫ってみたいと思います。(※フォトログ4が解説付きだから、解説と違う気づきを書いていこうと考えております。)