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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

才能なんてものはない。もしあるとすれば「続けること」以外に才能なんかない。


意外と言われないことだが、才能なんてものは「続けること」以外にはさほどない。足が速い・頭がいいなんてものは「調子がいい」とさほど意味が変わらない。中長期的に自分の進路を考えるならば、結局のところ「一生それに関わっていけるためにはどうしたらいいか?」という生涯現役論を考えて生きていけるかどうかに尽きる。

  • うまい人に限って絵やブログやスポーツをやめてしまう理由

僕が好きなマンガ「電波教師」で
「やりたいことをやるってことは苦手なことでも必要ならやらないといけないんだ」
という台詞があったが、僕もそう思う。

みんな好きだから上手くなる。終電帰りでも命懸けでブログを書き(※実話)、球が見えなくなるまで球技に打ち込み、ペンダコが痛くて仕方ないぐらいまでペンを握って漫画を書く…。そういう人種でないとそもそもうまくなんかなれない。

よく議論されるのはこの「上手くなるまで」の議論です。ここはね、「恋しなさい」って。そんだけ。たいていの場合は愛した相手は相手も自分のことが好きだから。もし、相手が振り向いてくれないとすれば、それは君が相手のことを正確に見ていないだけの事。
「そう、僕、君のことよく知らないけど、何かときめいてます。」*1とか言われたら何か危ない人みたいでしょ?(いや、実際危ないんだけど。)
他人が何と言おうが、関係ない。本気で好きで、四六時中そのことばっかり考えちゃうジャンキーになれば、上手くなるよ。僕なんか女にしごかれながらブログのネタ考えたことあるもの(笑)

まぁ、構想が膨らんでも、肝心な部分が膨らまなくて怒られましたけど(笑)

自慢話とかじゃなくて「やるならそんぐらいやれよ!実物よりも気持ちいいオナニーになれば、それは他者(社)が認める芸になるんだ」って言いたいのよ。少なくとも、僕はそう思う。


ただ、それは「貨幣化」の前段階。あらゆる産業は趣味が元種になってるから、趣味を極めるのは有意義。だが、貨幣化できてない。

貨幣化とはなんぞや?とりわけ、趣味と商売と違う事はなんぞや?それは餃子の王将の社内研修で叫ばれる訓示の中にあるこの言葉が言い表している。
「経営とは終りなき戦いである」

…そうなんだよね。例えば、プロ野球選手は試合に出場しないとどれだけ打率が良くても参考記録になっちゃう。いくら良い作品を出す人だって、定期的に名前や作品を出さなきゃ商売として成立しない。(一発屋で一度の仕事で一生分稼げる人がいればいいけど、ほとんどの人はそうならない。)

24時間365日を自慢するようなお店がいいとは言わないが、趣味を商売にしようと思ったら、名前を売る必要がある。それはやりたいからやるってもんじゃない。例え、作り手だろうがお客の顔を見ながら商売をするようになり、理不尽な批判や気分が乗らない日でも現場で芸を披露し続ける。それがプロだ。極端なことを言えば、親が死のうが、恋人に振られようが、インフルエンザだろうが、客の前に立ってしまった以上はパフォーマンスを披露できないとプロじゃない。

どれだけ批難されようが、その芸をし続ける人間だけプロなんだ。腕前はイチローだろうが、送球が届かない金本だろうが関係ない!!試合に出ることが全てだ!スポンサーが芸を評価しないか、自分から芸を辞めるか。それがプロをやめる条件だ。脳内定義じゃない!ファンなんてものは間接的な役割しかできない。ファンが金本を雇ってるならまだしも、金本はタイガースの社員だ。

芸を覚えた瞬間からノイズに晒され続けるが、その芸を続けていくために「狂う」ことができる人だけがプロになれる。「やりたいことをやるってことは苦手なことでも必要ならやらないといけないんだ」。それは自分の芸が未熟ゆえの営業かもしれないし、批判に耐えることかもしれないし、芸を好きじゃない方向に磨きあげていくことかもしれない。

だが、商売にする以上はどんな形でも続けていかないといけない。それができない奴はどれだけ芸の資質・実力があろうが関係ない。「才能がある奴」が居ないのではなく、才能を持った瞬間にそういうことが見えてしまう。だから、続けることこそが究極の才能だと僕は言いたいんだ。
 

  • 実はプロ野球自体がオールスターなんです!!

少し話が変わるが、当ブログの熱心な読者に「トロワル」という人がいるが、彼に「グラゼニのレビューを書いて欲しい」と言われている。

グラゼニは中継ぎ投手やその周りで起こる「切実な野球人生のお話」だが…同時に主人公の高校時代の話である「ナッツ編」ではプロでこそ1800万円の主人公『凡田夏之介』が高校時代は先輩を脅かす大エースだった…という筋書きのお話が展開されるのです。

僕がグラゼニのレビューを書くために読み返した時のことだ。レビュー向きな語りとしては2巻とナッツ編の話をすることがグラゼニという魅力をわかりやすくする視点だと思う。

プロ野球選手ファンは勘違いしているが、プロ野球選手に混じると全然打てないような人、打たれまくるような「ヘボ」にしか見えないような彼らだって「高校(大学・社会人)時代はブイブイ言わせてた野球エリート」なんだ。

野球のイベントで「オールスターやWBCに出ている選手こそスター」だと思い込ませられているが、とんでもない!もう、プロになる時点でスターだ!!

野球とかテニスとか球速を意識する球技をやっていた僕に言わせれば、そもそも女の子なら140キロのプロのストレート相手をバッターボックスで見ていることもできないだろうよ。野球素人で、外野でヤジを飛ばしている阪神ファンのうち藤川球児のストレートを腰を抜かさずに見送れる度胸の持ち主はそもそも皆無だろう。(批判ではなく、そんぐらい150キロのボールは危ないし、藤川クラスになるとストレートが「ノビ」て浮き上がってくるから怖い。打つとか打てないじゃなくてそもそも打席に立っていられない。)

もう少しいえば、石みたいにほとんど反発しない硬球が150キロで飛んできたらヘルメット何か役に立たんし、ゲンコツほどの石が150キロでぶつかってきたら…そう考えるとプロ野球選手がしょっちゅう怪我してもわかるだろ?140とか130でも硬球なら怪我する。いや、軟球だって目に当たれば呼吸困難興して病院送りですけどね(※実体験)

言いたい事はそのぐらい「知らない」という事。もう少し身近な話でいえば、僕のブログを読んで意味を汲み取ってコメントできるのはやっぱり文章とかイラストにちゃんと意味を込められる人だけだもの。たかだか文章だと思って舐めている人はそもそも演出に気づいてないもの。(実際、NOVさんやしのさんなどはてなで有名な人に「ここわかった上で読んでるのか?」と言うと分かっている人にしかできないようなコメントが返ってくるが、その3倍筋違いな読み違いによる批判を見かける。シロクマ・ハックル・有村悠などのクラスになれば、僕が何に悩んで書いていて、どこを改善すればもっとうまくなるかまで教えてくれる。)

グラゼニの話をした理由は2つだ。
1、「地元の名手は全国出ればただの人、『日本一野球がうまい18歳』もプロに出れば、一軍と二軍の間or弱小チームの即席エース。たとえスターになっても、一度の怪我で力を落とす」…芸を極めるとはそのぐらいリスクが大きいことだから、いくら芸ができても野球選手になるとは限らない。また、絵が描けようがマンガ家として食べていこうとは限らない。

2、先ほど述べたとおり、「プロとしてグランドに立つだけですごい」し、素人には及びもしないほど高度な芸のぶつかり合いがプロフェッショナルなのに、素人はそれを簡単に批判したり、過剰な期待をしたりしてる。そういった場所でプレーし続ける、描き続けるプレッシャーや罵倒され続ける精神的耐性がなきゃ、グランドに立てないと知っているから立たないのだ。



編集者・プロデューサー・マネージャー・スカウト…いろんな名前の開拓者達は「めぼしい才能がない」とぼやくが、それは違うんだ。才能は1000人に一人とかそのぐらいの比率じゃなくて、100人に5人ぐらいはプロになれるぐらいの「芸の資質」はある。好きで好きでたまらないから確かにその町・小さなネット上のコミュニティーで有名になる。ぐらいのことは100人いたら5人ぐらいはできる。

だけど、お金にできる人となれば突然少なくなる。それは「続けることを考えながら芸をすること」ができない人が増えるから。

例えば、結果を求めすぎないこと。イチローなんかいい例ですよね。チーム事情&土井監督(当時)が振り子打法に冷ややかだったことから「イチローはレギュラーにしないで鍛える」という方針をとった。(実力は当時から二軍じゃなかったけど、チーム事情で二軍。)

ここで「100人に5人」の芸達者から「1000人に5人」芸人になる。

例えば、「好きで有り続ける」こと。家でもバットを振れる・ビデオで野球が見られる…それこそ、さっき言ったとおりだ。バットを女に握られても、ずっと自分のバッティングの事を考え続けられるようなぐらい熱中し続ける人。創作意欲も情熱も満たされた瞬間から衰えていく。性欲みたいなもの。プロになった選手というのは射精した後の冷めた感情であり、ありがた迷惑に期待と批判をぶつけてくるファンというのはカラカラのバットを握りしめる女みたいなものだ。カラカラになりそうなほど出し尽くしたあとでも、女を満足させようとバットを振り続ける男になれるぐらい…そのぐらいの恋を芸に対して出来るのかい?

この基準で「1000人に5人」が「1000人に1人」ぐらいまで減る。芸人は業界人にまでランクアップする。
 
例えば、生活全部を芸のために捧げること。例えば、イチローの場合は生活リズムを固定したり、ケガのないよう何時間もストレッチしたり、階段ではスロープを付くようにしたり、道具を誰かに触らせなかったり…。

これは野球や漫画みたいな「芸」じゃなくて、商売でも同じ。どれだけ忙しくてもちゃんと風呂に入り、売り場で汚い事・ダラダラした雰囲気を出すような奴がいれば、相手に嫌われようが強く言う。
それができてこそのプロだが…まぁ、「試合に出られればいい」ならぬ「その日売れたら良いんだ」体質の人が居るが、そういう奴はプロじゃない。いや、プロ向きではあるけど長持ちはしない。

この意識で続けると「業界のスター」になる。これが「10000人に3人」ぐらい。

本当はこういう構造なんだと思う。

  • 大事なのは「横入り」を認める構造にする事。

野球が最たるものだが、将棋の棋士も、漫画家も、小説家も、バンドも…こういう業界は「水物」にもかかわらず、新卒一括採用顔負けの「入口からお入りください」制度が強い。
例えばの話上手ければ、一日限りの代打屋だろうが、バッピーだろうが、試合に入れてみると面白そうだが、奴らを立たせる舞台がないし、開拓もされない。正面口から入らなかった人に限って意外と出世したり、たくましく商売したりする。(※ソースは西原恵理子とうちの父。父曰く『今でこそ名前を聞くと驚くような企業だが、新卒だったら俺は絶対は入れなかった。中途採用狙いの転職と新卒採用は全く別物だと思って考えて臨んだほうがいい。』とよく言われます)
  
世間で言う才能…要するに芸に関する資質は変動する。遅咲きである人もいるだろうし、早熟で続かない人もいる。「創作はオナニー」だが、よほどの絶倫じゃないといつも精子(作品)は出ない。出ても女(ファン)の子をどの程度相手にできるかはまた違う。
実際の情事にホモがいるように、男(その道のプロ)に好かれるような人、逆に女の前じゃオナニー(芸)ができないという人だっている。ネットは配信者に様々な機会を与えた。例えば、ビデオで作品にする事もそうだし、生放送や投稿によって常に相手を意識してオナニーができる状態にできる状態にもなった。

下ネタが多すぎる?大事なことだから、下ネタに例えてる。エンタメ産業は「性の盛り」みたいに考えたほうがいいんですよ。

会社が「婚活サイト」や「風俗店」みたいなもので、男が創作者、女が客みたいに例えると…婚活サイトを通じて知り合ったあと、結婚してサイトを巣立って行ってもらうような…そういう感じでお客ができたら自分だけの愛の巣(ウェブや同人活動・自費出版モデル)や通い婚(他の出版社に高い金で売るモデル)にしたほうがいいのかなぁ…と。

いっそ、プロ野球みたいな契約金方式にして、契約期間が終わって移籍するときは「うちの会社が知名度を上げて、ブランド力を高めたのだから、金を払うのが筋だ」みたいに言う。
こうすると人を育てるようになるんじゃない?高く売り付けるために「この人の作品をうちで長く連載したからだなぁ…」みたいなことを言って作家のかわりに仕事を取ってくる人がいたりすると便利なんじゃないかなぁ?

最後のはあんまり実現可能性を考えてないから、戯言ですけどね。

ただ、「面白けりゃいいんじゃないの?」ってぐらいに貪欲に色んな人を取れる・育てられる柔軟な制度を採用していかないと出版や音楽やプロスポーツや…要するに「芸」を商売にする産業はこれから地盤沈下を起こしていくと思うんですよ。誰でもネットで面白いものを見つけられる時代と「三度の飯よりもネタ探し」の濃いオタクが要る時代に生きてる以上、オタクを超えるような濃厚さを持たないと、やっていけないと思うのです。

■参考記事
漫画の「才」はあるも、世に出ようとしない人たち - Togetter 漫画の「才」はあるも、世に出ようとしない人たち - Togetter
実際の編集者のお話


イチロー - Wikipedia イチロー - Wikipedia
伝説がいっぱい




ある意味イチロー級の伝説かと…

グラゼニ(2) (モーニングKC)

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グラゼニは2巻が神回

電波教師 2 (少年サンデーコミックス)

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アニメ化でするんだけど、一番楽しみなのは声優の采配だったりするわけで…

上海ハニー

上海ハニー


歌詞を少し使わせてもらったので、感謝も込めて。

*1:オレンジレンジ「上海ハニー」より