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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

批判にすらセンスが問われる時代になったなぁ(´・ω・)


…今は見れなくなってしまったが、久々にニコ動を付けると、半裸の太った男が人気の歌い手を批判しつつも半裸と持ち前の四声(中国語の発音の事…じゃなくて、本当に四つの声)を使いこなす歌い手さんが登場した。

ある方の言葉を借りれば「過剰の美学」とでも言うべき程に相手のカッコいい路線と反対のかっこ悪い路線で正面衝突した。しかも、カッコ悪い方が上手いという「悪が正義に勝つ」的な展開をやってのけてしまったのだ。

お笑い芸人でイメージすると「レイザーラモンHG」(これ、今の高校生知らんだろうなぁ…)とか、小島よしお・たむけん(もっと知らんだろうなぁ)という連中の技法に近いものがあると思うんですが…まぁ、知ってる人は「あの人達が何をやっても許されてしまう「過剰の美学」を持ち合わせてしまう強烈なインパクトの持ち主」である事はよくご存知かと思います。

私は色んな人に文句・批判・悪口を言われるから、色んな批判を見ているが…私を批判してみんなに反響を得ている批評家共に対して『あのデブ野郎の腹の脂でも舐めさせてもらってきたらどうだ?』と半ば本気で思った。


TMさんが批判に晒されてるなんて信じられない?確かに、一般的(mixiや楽天ソーシャルやはてなのライトユーザー)には「この人頭いい」とか「鋭い、才気がある」と言われる私だが、ネットウォッチャー(はてなのヘビーユーザーやネットで匿名で人の悪口を書いて回る愉快犯)からは非難轟々雨嵐の毎日を送っております。…まぁ、有名税なんですけどね(笑)

私はあんまり芸人的なスキルで批判をかわしたり、許されるように逃げるよりは正面衝突しちゃうのかな?僕の世代だったら、「だいたひかる」とか「長井秀和」てきに微妙に「あくまで独り言・個人的な主観です。それに則った批判であり、論法です。」みたいな言い方をして見下すタイプなんですかね?…そこらへんは見ている人の解釈にお任せしましょう。

そんなわけで、自虐ネタという開き直りも込めて、今日のテーマは「センスのある批判」という話をしてみたいと思います。

  • まずは、簡単に挙げてみよう

はてなブックマーク
個人的に傑作だと思ったのが2つあるから、紹介させて。

読んでいる人しか付けられないネタ。

今後青二才関連の記事には「豚まんじゅう」タグをつけることにしよう。炎上時は「焼き豚」。

(ある記事のはてなブックマークのコメントより。)

僕の記事や関連情報をよく追いかけている人でかつ、センスがないと付けられないタグだと感銘を受けた。

どうも、はてなの人の間では僕に対する皮肉で「豚まんじゅうと呼ばれていじめられていた」と自分の思い出でも語るような誇大妄想をする人がいるのだが…私の場合は別に嫌でもなかったし、あだ名をつけたのは50過ぎの元不動産経営者&フィリピンパブのねーちゃんの夜遊びのノリだった。

そんなあだ名を付けられた話をかれこれ5か月前ぐらいに書いたところ…ネットでは「青二才は職場でいじめられている」などと憶測と誇大妄想と謎に自意識過剰が飛び交ったのだが…自分のことでしょ?僕に豚まんじゅうと呼んでいた人はどっちかというと僕に愛着がある人だったよ。

前の職場では愛着のある人はあだ名で呼ばれたり、いじられて付けられたりするんだが…僕はそれが一番多い人だった。皮肉めいた名前のようで、意外と僕にとっては嫌いじゃない名前。それが「豚まんじゅう」なんだが、そのネタをうまくアレンジして持ってきたコメントにはほれぼれとさせていただいた。

つべ芸/リンク芸
これは有名ウォッチャーwideangleが最近、私の記事を批判したり、私を引きつけるためにあみだした技法だが…彼のコメントはなぜかURLばかりなのだ。それをクリックするとYouTubeや歌詞サイトに飛ばされ、彼が言いたかったことが歌のタイトル(または歌詞)に入っている…という芸当をしていた。

wideangle氏は私に対して、いつも挑発的な態度をとる「wideangleって何なの?」と言いたくもなるような人物だったんだが、こと「つべ芸」については楽しみにしている。

ちなみに、つべ芸の名付け親は同じくはてなでは有名なFTTH氏で、これも有名なネットウォッチャーのREVさんも同じブックマークの中でつべ芸を披露していた。

はてなブックマーク - Twitter / tm2501: @amamako さんとお茶しとるわ はてなブックマーク - Twitter / tm2501: @amamako さんとお茶しとるわ

Twitter編(関連動画も少し上げる)
(`・ω・´)世論に従ったらこうなった - Togetter (`・ω・´)世論に従ったらこうなった - Togetter

笑点みたいに
A「世論に従って○×したらこうなった」
B「それで、どうなったの?」
A「かくかくしかじか…となりました。」

という流れに沿って、話しを進めていく論法。僕みたいに一時政治ネタにはまってた人は、こういうネタが脳裏によぎったのではないでしょうか?(これは割と一般の方にも知られているので「面白いディスり」についてイメージがわかない人のために貼らせてもらいます。)

麻生政権末期に作られたCMで、鳩山政権のマニュフェストのように大衆迎合するだけで最後には原型をとどめない得体の知れぬモノ…というメッセージが込められた作品。(当時、メディアでは「ネガキャンだ」と批判されてたけど、ネットでは当時と鳩山氏の失脚後にウケたCMです。)

昔、mixiで僕もこの論法でしたね。「そんな馬鹿なことを言うとおりにやったら、こうなりますけど、それでもやりますか?」という論法。(そこから「そもそもあなた達が感じてるそれはこういう背景があるから、なんですよ?」という「足場崩し」型に変えたんですけどね。)

波田陽区風の「自虐」と「ディスり」で道連れにするタイプのやり方。
ブログの歳書いてるので、僕が中学生の時に友達との間で「エンタの神様」ブームで、波田陽区とか陣内智則とか(もう少し後になるとヒロシとか)好きで、そう言うと「そんな時代もあったね」と納得していただける方も多いのではないでしょうか?

波田陽区さん何かは「切腹!」と言ってネタの最後に必ず自虐ネタを入れて終わることで有名だし、陣内智則氏もツッコミ側にいるかと思ったら、いつの間にか自分が作った映像に振り回されたり、批判される立ち位置になって終わるネタがある。(波田陽区って今どうしているんでしょうね?あんなに絶大にブームした人なのに、最近名前全然聞かない。)

ここから学んだことは「俺はいい、お前は悪い」よりは「僭越ながら」「自戒も込めて」とか「俺も人のこと言えないけど」というフォローのセリフを入れてあげると批判も少しは聞き入れてもらいやすくなること。それは冒頭で紹介した「半裸の歌手」にも言えることだったのですが…ニコ動に上がっているモノなら「ミラクル裕也」さんの論調がなかなか面白いでしょう。

大真面目にディスりラップを作ったタイツォンさんに対して、微妙に噛み合わないズレた作りの中に自虐ネタと批判ネタを絡めてくる不思議な技法を取るんです。最後には、あれほど嫌いだと罵っていたはずのタイツォンに根拠のない憶測で、好意を寄せて締めるというディスりなのに、オブラートに包んでいる(が、あんまり嬉しくないモノで包まれてる)作品。

ほんとは半裸の男を貼りたかったのですが…削除されたのか、批判に折れたのかは知りませんが、見られなくなってしまって残念です。そのディスられた「蛇足」という歌い手さんのファンも「ユーモアの一種」だとあんまり大真面目に構わないで欲しかったなぁ。

ユーモアがないよ。イケメンボイスでカッコいい路線で売っている人…ジャニーズがお笑い芸人に批判されるような話なんだから「相手にもならん」と無視すればいいのに。(私ははてなの住人だから、はてなの人らしく批判してきた人を焚きつけに行きますけど…ニコ動でそういうことすると「荒れてる」とか言われちゃうんですよね。う〜ん…僕はニコ生とかできなそうだなぁ。やると、コメントと議論して30分終わるか、無視してひたすらしゃべって時として歌いだすか…)

あまりに一人でも喋るから家族からは「ラッパー」とかこの間言われてしまいました。仕方ないからフレミングの法則みたいな手(あのラッパーの謎の手は何?)を作って「YO,YO,YO,YO!」とかやってやりました。続きがなかったので、そこでウケなかったら、どうしようか悩んだけど、ウケました。*1

  • 北風と太陽じゃないけど、相手を誘導するのは強烈な力ではないんです。

レベルの低い批判者に限って、僕をコミュ障だと罵る。僕ほど(能力以上に)人脈を作り上げていける人材も少ないのに、何かと批判する事には熱心な人はどれだけ僕が実績を挙げ連ねようが、自分の結論しか信仰しない。

そういう「結論ありき」の人とは会話しないようにしてる。思考が後付で、ゲーム的に考えたプロセスである以上、その人の思念が汲み取りづらいからだ!!

むかし、僕のアンチサイトをやっていたTM2502氏に対して持っていた感情はまさにそうだった。あれだけロジカルな人が、僕やハックルさんなど、ブロガー達に目を光らす使い手が「僕を批判する」という結論に凝り固まってしまうことは僕にとってはもったいないように感じた。

たしかに彼が言うことが正しいこともあった。和解した今だから認める。だが、それは結論からレトリックを考え出したのか、本当に思っていることを発しているのかが疑わしいと常に私は猜疑心の目でしか見ることができないようなスタンスを彼はとっていたため、敢えて取り合わなかった。敢えて「鳩山由紀夫」的な独自解釈に基づいた解答でぼやかし続けた。(私は分かり合えない人間とはワザと会話しない道を選ぶ主義だ。会話ができる人間の言うことは聞くが、どれだけ賢かろうが、相手の結論を変える・意思を共有することのできない人とは会話を成立しないように仕向ける。)

重ねて申し上げるが、私が彼を「ディスる」という立ち位置から下ろそうとした意図は「鬱陶しい」以外に彼に資質があるとも思っていたからだ。誰かをディスるという立場はそこに人を巻き込むセンスがないとその人の思考が凝り固まっていくだけで、まして批判を専門としてしまえば、「この人はそういう人だから…」と割り切られてしまって、その人の言うことを聞く前からこちらもリアクションを決め込んでしまう。

例えば…そうだ。あなたの友達が「日本は核武装をすべきだ」と突然言い出したら「なんか変な本でも読んだ?」と聴きたくなるだろうが、これが田母神俊雄などいつもそれを言ってる人(もしくはそういうことをいいそうな
経歴を持ってる人)が言うと「いつものことだ」となる。積極的に議論するのは持論を練り上げてそうそう折れないであろう田母神氏か、それとも多分生半端な知識or最近読んだ本に書いてあったことを言っている友人か…。

批判には愛情がいる。…いんや、批判とは「愛憎」なんだが、愛を如何にわかってもらえるような方法で憎悪するかということが問われていると思う。

愛のない批判はもう、罵声に過ぎないから聞く気も起こらないし、聞いていても美しくない。

私はつべ芸にしろ、豚まんじゅうタグにしろ、TM2502にせよ…色んな人にディスられているわけだが、ひとひねりを考えたり、僕が唖然とするような手間をかけてくるところを見ると批判されている身でありながら、時として彼らの行動が楽しみで楽しみで仕方ないと感じる。時として、罵り文句さえ愛情を感じる。*2

批判をなんのためにするか?相手を潰すためなら話が通じないキチガイのように振舞えばいい。だが、相手に対して少しでも良くなって欲しいという愛情があるなら、愛を示すべきだ。相手が良くなるような提案や手本を加えること、センスのある批判をして相手の名前も上げること、自分の批判も加えて「お互い様」にして相手が聞き入れやすくしてあげること…。

これはネットだけじゃない。…いんや、ネット自体が「人間関係の塊」なんだから、ネットで面白いことはリアルに活用できる要素がいっぱいある。そういう話を僕はしたいんですよ。せっかく批判者が色々やってくれたんだから、愛のある・手の込んだ批判には勉強させていただこうかなぁ…と思うわけです。

夜が深くなってまいりました。今日はこれで御暇させていただきます。

ギター侍のうた弐 ~完全保存盤~ (DVD付)

…この人の名前がよぎったとき、懐かしくて一人で笑っちまったよ。このぐらい愛されれば、たとえ一発屋でも食いっぱぐれないんだろうなぁ…と僕は思ってしまう。

*1:作詞・作曲してくれる人がいたらあげます。絶対いない自信があるし、作られても困るから間違っても「歌ってみたデビュー」させないでください><するとしたらカラオケの持ちネタ「おら東京さいくだ」でデビューしたいッス。

*2:美化するなと言われそうだから言っておくが、僕がTM2502氏に言ってるのは「僕や有名ブロガー達についてはまとめてもいいけど、ネットの中にいる一般人は僕の読者だから僕のせいで晒し者になる自体は避けたい。そこは許可をとって欲しいし、それを守らないで闇雲にやるなら、僕だって攻撃する」と一貫して言ってる。