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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

「千と千尋の神隠し」で学ぶ『ブラック企業の勤め方・辞め方』


結論から言えば、千尋は21世紀の企業戦士の姿そのものである。

油屋名物のカリスマ経営者『湯婆婆』による圧迫面接を「意識の高い学生」顔負けの負けん気で乗り切り、薄給と夜勤の肉体労働を耐え抜くド根性。さらには湯婆婆ですら逃げ腰のお客を湯婆婆から押し付けられるパワハラ、さらに薬湯を使わせてもらえないいじめ・やっかみを受けながらも持ち前のガッツ(と人脈)を駆使して試練をクリアする能力!!

そう、彼女こそが「ブラック企業を生き抜き」社畜にもならないで、会社をきっちりと辞めた企業戦士の中の企業戦士なのだ!!就活生は私の記事解説を読んだ上で、千と千尋を視聴する方がずっと勉強になる。君の入った企業がもし、ブラックだったときはそっと、僕と千尋ちゃんのことを思い出して欲しくて、この記事を贈る。

意外と認知されていない方が多いですが、日本一ブラック企業を知り尽くしているのは宮崎駿その人である。
アニメという他業種にくらべ、離職率が突出して高い業界で、何十年も勤め上げ、大手勤務・独立はもとより、ブラック労働者にもブラック経営者にもなった宮崎駿ほどブラック企業を正確に語れる人間はこの世にいない。

そして、その宮崎駿作品には労働者の描写が色濃い。単にロリコンアニメのようにオタクの間では言われているが、少なくともみんなが知ってるナウシカからずっと、働いてる人の姿が色濃く出てくる。ラピュタやトトロみたいに仕事人が脇役のこともあるし、ナウシカや千と千尋のようなケースもあるけど…労働を描くことで時代や世界観を一緒に描いてくるのが宮崎アニメのひとつの魅力であると言えよう。

そして、その労働描写は極めて正確にブラック企業ブラック企業の社員の姿を映し出す。
その中でも自分がブラック企業勤務を経験して、思うことを千と千尋では精密に描写されている。

ブラック企業の経営者は意外と良い人が多い(怖いけどね)
経営者のカリスマ性で維持されるブラック企業は多い。企業の中に経営者のファンや一番弟子がいて、その人が社長の知らない間に企業の新人発掘やブラック化を進めている。
その時、経営者が従業員に対して「働いてもらってる」という意識の企業は労働体系や給与面がブラックでも完全にブラック企業に堕ちることはない。

湯婆婆は意外といい経営者で、人格人だと思う。というのも、ブラック企業とは言え仕事を細分化して(明らかに使えそうもない人まで含めて)どんなやつでも雇用する事はそうそうできることではない。

雇用して、年齢的に近い幹部(白)に世話をさせ、白もまたいかにも姉貴気質なリンのところへ行く。

普段の世話を丸投げしても、いざというときは社長自ら現場に出て、全員を引き連れて行く。…これは実体験で同じシーンを体験したことあるから、さぞ千尋は嬉しかっただろう…。こういうの体験すると会社の一員だという意識を自発的に持てるようになりますわな!


僕と相方のキャパシティーを超えるほどの物量を売らなければならない日に、最後の最後で経営陣と同期が総出で援軍に来た。無理をさせていることを知ってきたからこそ、俺と相方を最後は休ませ、そして全員で苦楽を共にした。66歳の会長さんが同期が全く売れない中に乱入していって、「俺の動きを見ろ!後ろにも目をつけろ!」と言って、そこから10分で、完売してみせた神業はもはや伝説に近いモノがある。*1

ワタミみたいなタイプのブラックならともかくとして、コテコテのワンマン中小企業タイプのブラック企業では「強い連帯責任」がブラック化を招いてるため、逆に言えば、若手のうちはそれに助けられることがしばしばある。そして、それを前提に山場を積ませるわけだが…湯婆婆と私が勤めていた会社の社長・会長の姿はあまりにも重なる。そして、白という専務がいるところまで含めて重なるから驚く次第である。

ブラック企業は楽しい。
ブラック企業にはやっぱり、その会社に勤めていて楽しいと感じる人がいる。職権だったり、商売だったり、経営者だったり…形は様々だが、ブラック企業は楽しいから辞められない部分がある。

そして、ブラック企業でも楽しさが見いだせた人が長く勤めたり、稼ぎ頭になることで、会社組織が維持される。

多分、『千と千尋の神隠し』にカオナシが出てこなくて、それでいて白が名前を返さなかったら、千は後々リンと同じように入ってきた女の子を世話する姉貴分になっていただろう。

それだけの度量がある会社でなければ、立ち行かない。元々、商売とは発展するような高い利益率を想定する限り会社はブラック化セざるを得ない部分がある。

会社がブラック化する大きな理由は大別3つ存在する。

ブラック企業に会社が堕ちてしまう主なリスク

  1. 分業化(機械化)が進まないこと」…労働効率・生産効率が低いことに対する投資不足及び過剰なノルマ
  2. 高い利益率を経営陣が期待せざるを得ない状況に陥ること」…人材や生産などの計画の予期せぬ大幅な狂い
  3. 仕事の多さに対する人手不足」…人材の高齢化・定着率の低さによる離職の続出・求人や営業などの発信力の低さ(また経営陣・事務方の意識の低さ)

僕の会社の場合は人手不足ではなく、新人の大量流入に伴って利益率を過剰にあげないと会社がもたない状況に陥った事、にもかかわらず社長やチーフが分業制を取らず、僕を含めた現場責任者がそのケツ持ちをやらされたというのがブラック化の原因だった。それが原因で終電デフォルトで、朝7時にうちをでる生活したわけだが…そうなると経営陣共々悲惨だからね。

その点は「油屋」はまだまともだ。湯婆婆の商売がうまくいっていることによる『人手不足のブラック化』の方だからまだいいのかもしれない。むしろ湯婆婆はブラック化させないような経営をしていると思いますよ?
 
分業化を徹底し、昼間は自分が居なくなることで、権限や自由を与えて社員のやりたいようにさせてあげる部分を作ったり、いざというときは自分が現場へ出ていき、対処。

…遊び半分で作った記事だが、考えるほどは湯婆婆はすごい経営者だし、千尋はハイスペックだよなぁ。
…だけど、これだけは忘れないで欲しい。千尋は一度名前を取られてる。名前を取られて「千」だと思い込んでた。アレはブラック企業の中で、その会社の価値観に染められていき、辞められなくなる姿に似ている。

僕も同僚と10時帰りをしたときに「今日は早かったね」と周りの電車に乗った人が(゜д゜)(゜д゜)という顔でこちらをみかねないような不思議な会話をしてしまったことがある。…僕は「千と千尋に於ける名前」とは自分が元来持っていた、自分の中の常識であったり、価値観であると考えている。

では、千尋はどうして名前を忘れずに、最後に油屋と決別することができたのでしょうか?あれほどの成功体験と経営者からの期待・良い仲間を得てもなお油屋をさることができた事こそ、千尋の一番すごいところであろう。

  • 家族や友達とつながり続けることが一番「名前」を忘れないために必要なこと。

ブラック企業を辞めるために必要なことは3つです。

1、「『今』辞めなければならない」理由を見つけること。
2、本来の目的を忘れない(退職した後まで含めた自分の人生の目的意識を持っている)
3、「名前」を読んでくれる仲間や家族を持っていること。


1、僕の場合はアレですが、千尋の場合は自分が抱えていたモノを全部解決したことだろう。カオナシ・白を助けてあげる・湯婆婆に一目置かれる(相手にされなかったら、去るという交渉もできない)。
成功体験は「居続ける理由」にもなるけど、同時に「やめる条件」でもある人間はプライドが高ければ高いほど、辞めたいと思う前には成功体験を必要とする。仕事を辞めるということは世間(事情を知らない他人)から良いイメージがないため、なかなか会社を辞められない

2は僕の場合は「ブログに使えるネタと、(経済を語る以上は)商売のノウハウを…つまりははてなの誰ももってない特技を持ってブログへ帰ってくる」という目標をもって会社に入りました。そして、それを手に入れたという確証が得られたので、会社をでることにしました。(これ以上会社にいても得られるネタは少ないと感じるような「同じ日常」が繰り返されていることに気づくようになりました)

千尋の場合はどうでしょう?千尋の場合は「豚になった両親を下の姿に戻すこと」でした。両親が豚になった姿を見せ、白が名前を呼んだことは千尋にとっては「やめるための出口」そのものでした。

名前については後述しますが、【豚になった両親】という出口が最後の最後に退職のための試験になる理由(湯婆婆が並べた豚の中に「両親はいるか?」というやつ)についてもお話したい。
千尋が湯婆婆の用意した豚の中に両親がいないと分かった理由は、豚という記号の意味に気づいたからだ。両親があの中に居なかった理由は豚が「千尋にとって必要な存在」そのもの。千尋にとって会社に入ることで学ぶもの…成功体験することで得る自分で自分を認められる心、いい姉貴・友達を得ることで自分から動こうとする自発性…そういうものを覚えた。豚…つまり、千尋にとって一番大切で必要なモノはもう油屋の中にはない…そういうことなのだ。湯婆婆自身が「もう、一人で出ていっても大丈夫だ」と認めたんだよ!そこに気づいてみるともっとあのアニメは泣ける!!

もしも、最後の最後にお父さん・お母さんが両方とも油屋の中の豚に混じっていて、「おがぁさああああん」とか言いながら、抱きついてみろ?台無しだよ!

働くってことは必要悪じゃないんだ!自分が成長することであると同時に、時として自分の大事なものを選択する事なんですよ。少しだけど、見えないことが見えるようになり、今まで当たり前のモノに経緯を表するようになり…自分が他人から見れば、胸を張って自信あり気に…頼りになりそうに見える。

3は…千尋を私的に応援してきた人達でしょうね。
白・釜爺・リン…そして、表には出さなかったけど湯婆婆。特に白は千尋の名を呼んだ・覚えていたのは大きかった。

僕で言えば名前…職場で呼ばれる「ブーチンスキー」「豚まんじゅう」(千尋でいう「千」)ではなく、「TM2501」「青二才」(千ではなく「千尋」)の名前を呼んでくれた人が僕を助けてくれた。名前とは本人の私的な(本当の)姿だ。仕事上のドラスティックな関係からかけ離れた、私的な名前。利害関係ではなく、好きか嫌いかで相手のことを決める。

考えてみてくださいよ。僕は商売やってたときはお客から「お兄さん」で、会社帰ったら「豚まんじゅう」ッスよ?僕が名乗った名前でも何でもない。それに合わせて、無愛想なはずの俺が、お客と笑い合えるようなハイテンションを人為的に作ってる。

千尋はその私的な自分…知らないところに迷い込んで、よくやってることを評価してくれたり、釜爺やリンが利害関係抜きにして応援してくれる…そういう環境を作れた。これが成功にも、豚を油屋の外に見出すことにも繋がるんですけど…何よりも白が「千尋」の名前を覚えていた事がすごいんです。

湯婆婆が名前を握りつぶすシーンあるでしょ?アレ僕の解釈で行くと、「お前の完全な「私」はない。働く以上、住むところも、会う人もすべて私(湯婆婆)の手中にあり、私がお前に「与える」のだ。」という発想だと思うんです。

権利もプライベートも付き合いも…全部あの異世界にいる限りは千尋にとっては湯婆婆に「与えられる」モノなんだ。千尋は湯婆婆を認めさせないと、自分の「私的な部分」を大きくするすることはできない。現にあの世界は偉い人ほど私的にみんなが知らないことをしたり、ふんぞり返ったりしているでしょ?

ワンマン中小企業って本当にそういうところなんです。社長が帰りに僕と管理担当の人を引き連れて、私的に「うちで使うジューサーを買うんだけど、付き合ってよ」みたいな世界。会長が大俣(仮名)という女の子連れて銀座を歩き回って、「人生について熱く語り合いました(*´ω`*)」みたいな世界です。

千と千尋の神隠し】なら、坊の存在だったり、白が公私を使い分けている姿だったりが印象的ですね。

千と千尋の神隠しって大人が観るのと子ども(これも中学生以下か、高校生以上かに分けられる)が見るのとでは別世界のアニメなんだと思う。

僕はブラック企業で実際に商い学んできてから、千と千尋の神隠しの事を思い出すと以前とは違う感情を持って見るようになってしまった。それは千尋と「千」は同じ顔をした違う人で、千尋の部分が好きな湯婆婆以外の人と、商売を成功に導く千の部分が好きな湯婆婆と…その違いがあるのかなぁ…と。

銭婆婆と湯婆婆の対比もなかなか印象的だね。ガツガツ働くカツマー体質の湯婆婆と、私的な暮らしを楽しむ銭婆婆。公私の顔を分ける白、いつも同じ顔を維持しながらぶつかる千尋…あの作品って労働に関する様々な価値観のぶつかり合いで成立してるからこそ、奥が深い。

それこそ、宮崎駿という監督が様々なスタッフ・先輩・同業者をよく観察して、キャラクターとして魂を吹き込んだかのように、みんながそれぞれにそれぞれの言いたいことを、思いっきりいう。同じことやってるはずなのに、違う方向向いてて、でもいざという時には一つになって…仕事ってかっこいい、大人っていいなぁ…と思わせられますね。あのアニメ見てると。



金曜ロードショーで定期的にジブリやるでしょ?3年に一回ぐらい千と千尋の神隠しを放送して欲しいなぁ。そのぐらいのスパンで見直せば、自分の労働観はどこにあるかという変化が見えて、面白いだろうよ。



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*1:俺が会長さんとの思い出を語る時に仕事で一番印象に残ってるのはこの時のシーン