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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

コンテンツと生活の距離感ver1,03〜なぜ右子左子論争は拡大したのか?〜


久々にオタク論っぽい記事を書いてみようと思います。

まずは、こちらの画像をご覧ください。


この画像はTwitter上で「どちらの子が好きか」という議論を呼び起こした画像である。通称「右子と左子」と呼ばれている訳だが…茶髪の女性が左に立ってるか左子。黒髪の女性が右に立ってるから右子と呼ばれている。

主な論争としては「どちらが良いか」という論争に加えて「百合だと、どちらが攻めでどちらが受けか」という百合が好きな男達の不毛な議論が巻き起こったのです。(ここでいう「不毛な議論」とは「答えがなく終着点がない」という意味である。くだらない・意味がないという議論ではない。)

  • 「究極の二択論」がどうしてここまで盛り上がった?

私にはこの絵がなぜ、ここまで論争になったのかが理解できない。いや、理解できな「かった」。理解できなかった主な理由は「究極の二択論」…つまり、極論による二元論だからである。右子でも左子でもない女性が世の中…フィクション、ノンフィクション問わずあらゆる世界の「女性象」に投影されているはずだ。右子・左子でも左子でもある(もしくはない)女性ばかりのはずだ。

つまり、右子・左子とは本来は「誰にでもあるはずの要素を無理やりに二分化している極論」だから、存在し得ないのだよ。存在したとしてもそれは「紙の表面」であって、必ず裏では双方で逆の性格が出てくる。

…百合好きの男子達はよく「右子を攻め、左子を受け」…と言っていたが、まさに「右子に左子要素があり、左子に右子的な要素がある」という事を連想・想像しているし、認めている。つまり、

所詮は「紙の表側の議論」でここまで盛り上がれるのだろうか?人にはあまり見せない「裏側」のギャップまで含めた議論をしないと右子でも左子でも「好感が持てる」「こんな『タイプ』の女性が好きかなぁ…」というぼんやりとした議論になってしまう。

…ここまでの議論をよくわかってない人のために、少し男性の視点をかかせていただきたい。

男は非常に強欲で、女性に「見てて楽しい」「一緒にいて楽しい」「愛でて楽しい」の三要素を求める。「見てて楽しい」は『事件の当事者になりたい』願望みたいなもので、その人が面白いネタやその人にしかできないトラブル・舞台を持ってきてくれる要素。「一緒にいて楽しい」は相棒として一緒に同じ事をすることが楽しい仲間意識の要素。「愛でて楽しい」は男性が女性を「所有する」という玩具的な要素。「あの女性は魅力です」の意味は大きく分けてその三つに分けることができ、魅力的であったとしてもその意味はもっと深く考えないといけない。

わかりやすいのは涼宮ハルヒの憂鬱シリーズの三大ヒロインだね。主人公のキョンは三人のヒロインとそれぞれに別々の距離の取り方をしているが、これはキョン自身が感じるヒロインの魅力がそれぞれ異なるからである。…「キョンの独り言」で構成されている原作のライトノベルでは各ヒロインに対して「取りたい距離感」が全面に現れているため、このヒロイン論を論じる上でうってつけな作品であろう。
涼宮ハルヒはどっかであったことがあるキョンの事を楽しませたくて色んなネタを持ってきている。一方のキョンはハルヒに追従すればするほどに揉め事に巻き込まれたり、自分やハルヒが周りからはみ出しものになっていくからキョンは距離を取る…もしくは「そっと扱う」ように彼女を見ている。
朝比奈みくるについてはキョンの好みの女性で、ドジッ娘なところまで含めてキョンにとっては愛らしい存在だ。だけど、トラブルに巻き込まれたときは公式公認の「役立たずキャラ」ですよね?(※バカにしてるわけじゃないです。未来から来た朝比奈さんは結構トラブルがあっても役に立つキャラに成長してます。)
長門有希の場合は、活躍するシーン、キョンに愛でられるシーンがトラブルを解決するときでしょうね。(消失はちょっと特殊な事情なんで、例外ですけどね。)普段一緒にいても趣味も違うし、話すこともないから会話が成立しないけど、トラブルに巻き込まれたときは長門さんが絶対に活躍する。

あ、最近の人は「僕は友達が少ない」で考えてくださいまし。あれも「見てて楽しいヒロイン(肉・夜空)」「愛でて楽しいヒロイン(幸村・マリア・小鳩)」「一緒にいて楽しいヒロイン(理科)」と別れてるからこの話をするときにイメージがしやすいと思います。

トラブルやネタを持ってくる人と、愛でて楽しい人のどっちと一緒にいたいか?という質問自体はエヴァンゲリオンの二大ヒロイン制みたいなもんなんだけど、「見てて楽しいヒロイン」「愛でて楽しいヒロイン」のそれぞれの要素を自分の好みに合わせてブレンドしたものが「一緒にいて楽しいヒロイン」だと思うんですよ。

優秀な部分もずぼらな部分も持ってて…『紙の表裏で両方の部分が共存してかつ楽しめるキャラクター』こそが男性から求められているキャラクターでそれは右子でも左子でも本当はないんです。

右子か左子か…というのは「極論」であって…イラストや二次元談議だからこそ「俺は右子」「いや、左子の方が…」という論争ができるもんだと私は考えます。だって、強いだけの女性も、頼られるだけの女性もどっちも嫌ですもの。そりゃ、ケースバイケースで嬉しく感じるシーンもあるけど、どちらのタイプの女性も知り合いにいるが胃もたれするほど辛い思いをした経験があるね。時と場合によってはその人がいとおしく見えたとしても、逆に「時と場合によっては」うざくて、それこそ殺したくなるほど憎たらしく思えるもんだよ。

  • アニメ・マンガが「箱庭的」な楽しみ方に変わったように思えるのですよね。

では、「成立しないであろう」議論がどうして成立するのか?右子左子のように「これは実在しないであろう…」「いや、フィクションにしたって情報が足りない抽象的なヒロイン像」が罷り通るんだろうか?

この議論をする時に考えてもらいたいのが「自分が二次元キャラだという自覚の中で振舞ってる日常系アニメのヒロイン達」なのね。アレって完全に「作り物だから出来ること」だと思うんです。「生徒会の一存」や「じょしらく」「日常」「ゆるゆり」…けいおんも一部そう言うシーンあるね

アニメに対してリアリティーとか現実に投影される教訓を求めてみると「なんて中身がないんだ!!」と叫びたくなるようなアニメ。…これ、一昔前は僕も理解が無くて批判的に見ていたのですが、最近気づいたのが「女子高生の会話しているところを見て、吹き出しを付けて遊んでる通行人になったと思えば腹も立つまい。」と日常アニメを見る時の作法。

できることなら混じりたい「キャッキャウフフの花園」を仮想する作品がここ数年増えた。…絶対量が増えたかどうかはしらんが、話題の中央に躍り出る事が大分増えたように感じる。

ブームするものが変わっているということはアニメの見方…求められているものが変わったという事ではないだろうか?90年代〜00年代前半ぐらい…それこそリアルタイムで見られないぐらいの昔のアニメはお話としてしっかりとまとまってる作品が多く、その中で強引にヒロインを強調するシーンも今ほど多くない。どの作品を見ても共通する点は「シナリオと呼べるシナリオ」「テーマと呼べるテーマ」がある程度見えるようにされていたこと。これは「アニメは一人で見るもの」だったから他の映画やドラマみたいに一人でその世界観に浸れるように作り込んでその人を魅了していた部分が大きいように感じる。

当時からオタク友達がいた人は共有していたであろうし、2chの実況もあったかもしれん。だけど、ニコ動と2chTwitterで実況するのは両方の様子を見たことがあるけど、何か違う。

例えるなら、2chはラジオで野球中継聴いてる群集…あるいはアイリッシュパブでサッカー見てて点が入るたびに抱き合って喜ぶ外人みたいな感じ。ニコ動でアニメみんなで見る時の感覚は「合いの手」に近い。

2chやツイッターは初見のものをみんなで見るからリアクションになるけど、ニコ動の場合見返した人間がアニメの文脈に合わせてコメントを打ち込む。例えば、アニメキャラが「絶対に許さない!」と憤るシーンがあったときにニコ動だとその前に何かの質問が来る。「小清水亜美についてどう思いますか?」「尖閣諸島に不審船が上陸したことについてどう思いますか?」「厚生労働省のユッケ・生肉の規制についてどう思いますか?」などなど。

アニメの見方が「一人で見る(1度だけストーリーをじっくり見て、後でみんなで魅力を語り合う)」ところから、「ニコ動・ひまわり動画などでみんなと見る(リアクションや合いの手まで楽しみながら見る)」という風にニコ動登場後のアニメは変化していった。

一番典型的なのは「探偵オペラミルキィホームズ」だと思いますね。メインヒロイン全員がボケ担当なので、コメントがツッコミして作品が成立する。他にも「天体戦士サンレッド」などは世間がイメージする正義・悪と作中のそれが反対になってるから視聴者がフォローしながら見ると見やすくなる。
特にミルキィホームズは好きだったこともあってDVD購入したのですが…コメントの流れないミルキィホームズのなんとつまらないこと!!

僕は最近のアニメ…とりわけ日常アニメを見てると「一人で見る」→「共有して楽しむ」の先へ進んだと思うんです。それが「のぞき込む」ような楽しみかた。「動物園的」とでもいえばいいんでしょうかね?アニメと現実に大きなついたてがあって、それを「ああ…私もパンダみたいに一日笹食べてゴロゴロしてたい」とありもしない妄想にふけってる感じ。
「箱庭的」「日本庭園的」「金魚鉢的」と言った方が適切かな?アニメから女の子の可愛いと思える部分だけを抽出してありえない仮想現実に小さくまとめてしまう。それをはるか上から高みの見物をする視聴者がいる

アニメは現実と完全に切り離された「癒やし」として存在する。「消費」とまでは言わないが、自分にとって一番癒されたり、気分が盛り上がる女の子像を色んな金魚鉢を見てああでもないこうでもないと論争する。癒やしや当たり障りのない素材から自分の考えを煮詰めていく。例えるならば「金魚の癒し効果」ではなく、金魚をみんなで眺めることで、この金魚の何が良いかという議論をするところまでが昨今の「アニメの楽しみ方」なのかもしれない。
アニメという金魚鉢に大の男が…中学生からアラフォーまでが「女子がニコニコと楽しそうに会話しているのを見て幸せです」というのが今のアニメの見方なんだろうなぁ。それはそれで面白いんだけどさ。

「右子と左子」の話に戻そう。

アニメに限らず、金魚鉢的に作品を見る人達はアニメキャラにリアリティーや人間味を求めない。自分が愛でやすいキャラを求める。妄想によって、輝かせられるキャラクターを求める。金魚鉢に小さく収まってしまい、現実に投影できないし、投影されない作品となったそれには「汚い部分」など付け出していたら、満足に妄想できない。

金魚は見栄え良く優雅であればいいのだ。女子は笑顔が可愛くて、楽しめる糸口があればいいのだ。つながれることよりも「つながりたい」と思わせるようなことが重要なんだ。

はてなブックマークには古い人が多いから「どっちとは言えない」「問いが成立してない」というスタンスの人も結構いた。その「はてなの世代」の人の目線と比較すれば、右子左子論争・ゆりの掛け算論争までしている人のアニメの楽しみ方は少なくとも「リアリティー」じゃない事は確かだと感じる

これは悪口じゃない。最高に贅沢な女性・キャラクターの楽しみ方とも言えるし、現実逃避の正当化とも言えるが、そんなのは言いたい奴が勝手に決めたらいい。

ここで大事なのは『「右子・左子論争」の正体とは「コンテンツの消費法の変化から生じた男性の「優しい嘘」への信仰」なんです』というお話。

  • 僕は『エンターテイメントは現実とつながってるべき』論者

最後に僕個人の話をしてお開きにします。前述のとおり、僕は左子的な魅力も右子的な魅力も好きで嫌いだ。

あらゆるフィクションやエンタメを「妄想」による「優しい嘘(嫌な部分に目をつむる)」の議論をやることに僕個人は反対だ。

もしも、人間やキャラを言葉や特徴にとらわれていたら、それは記号化された概念に成り果て、最後はそれ自体が意味を持たず、本質は常に視聴者による論争になっていく。(だから、右子・左子は「存在の一人歩き」*1が生じた。本質は右子・左子というヒロインではなく、それをいかにして愛でられるように料理するか…という妄想する人間にこそあるからね)

僕はこの楽しみ方もありだとは思うけど、僕が自分でブログをやってて、そういう見られ方をするのはさみしいことだと思う。記号的なモノ…論争になることありきで作品を書いてしまうと論争が起こらないときに平凡な記号だけが残ってしまう。そして、その中に自分が投影できない事があってはそれは悲しいことだ。

僕は自分のブログだと思って書くなら、やっぱり「僕の書くもの」自体が生活につながっていて欲しいなぁ。僕の体験・僕の話が誰かの生活に生かされていってくれるとそれは「ブログが生きている」感じがして嬉しい。

生活と繋がらない趣味…娯楽に成り果てたテレビやアニメは「楽しむルール(視点)」が必要になる。そうなってしまうと、いつもいつも同じような微妙に違う論争になるばかりで、新鮮さがない。僕は日々変わっていきたいね。いくらその論争が楽しかったとしても、それだけが普遍で日常が目まぐるしく変われば、いつか自分と金魚鉢の距離は遠くなって混乱するだろう。ひょっとしたら、忙しくてエサをやりそこねた金魚は知らぬ間に死んでしまってるかもしれない。

僕は結局、その時その時の気分をブログに投影してるし、フィクションに代弁して欲しい人間なんだ。昨日の記事で絵師の「蟹丹」さんの事を触れたが、彼の絵はブログがちょっとづつ伸びていた頃に「どんどん行くぞ!」という僕の上昇志向を代弁してくれた。だから好きになれた。お団子頭の女の子が旅をしてるイラスト集は僕がブログに商売に…と走り回って好きなこと・やりたい事のために走り回ってる姿と重なった。(※こんなブサイクな男にあなたの描く美少女を投影したおこがましい私の妄想をお許しください。)

雨があがって微笑んでるイラスト、風を駆けていくイラストは僕が「こうなっていきたい」という心境を描かれた代弁そのものだった。

エンタメの楽しみ方はそれぞれなんだけどさ…僕は現実と共にある方がその時その時で好きな作品が変わって面白い。新しい楽しみかたが見えて面白い。手を広げようとするから面白い。

右子左子論争ではてなブックマークと、ツイッター上の論争が全く違う反響になったところを見ていると、これからのアニメの楽しみ方は多岐にわたって「流行りのアニメ」が趣味やアニメの楽しみ方によって二分も三分もされていくんだろうと思う。

これは作り手にとってはチャンスだと思う。色んな需要があるから「持ち味」さえ持っていれば、どこの市場にでも売り出せる。…オタク市場って巨大化しすぎているんだろうなぁ。年齢層しかり、趣味・楽しみ方…当人の人生まで、ありとあらゆる人間があふれたからこそ、なんでも作れる時代が来たんじゃないかな?と僕は思うのです。

  • 加筆(9/30)・右子左子は「ツイッター版東方project」になり得るのでは?

「右子左子」に声をあてた動画を見つけたので、貼りつつ分析してみようと思います。

【右子・左子】彼女にしたいのはどっち?の2人に声を当ててみた

この動画を取り上げた理由は「妄想設定」で投稿者が元々の右子左子を作ったクラリネットさんのイラストや設定を補完してキャラクターとして成立させているところ。成立させて、右子左子それぞれのキャラクターにシリアスな要素であったり、人間関係であったり…を付け加えてあたかもストーリー上に存在しうるキャラクターであるような存在感を作り出したところにある。

…その風景を見て、私は東方の二次創作を思い浮かべた。

二次創作…つまり、原作の設定やキャラクターを用いて、自分で新しい話を作り出す作風の中で最も人気の作品は「東方project」である。東方projectは漫画やアニメにもなっているせいで、興味のない人は原作がシューティングゲームである事を知らない人すらいる。

シューティングゲームなので、それほどセリフやキャラクターが現れるシーンは少ない。(へたするとセリフのないキャラも居ます)

そのため、東方の二次創作は二次創作から生まれた決まり文句や設定がいくつも存在する。…というよりも、補完する事、少ない設定を自分に、自分の創作に最適化できる自由度の高さが東方projectが同人業界で二次創作され続ける由縁だと言う人も少なくない。

もちろん、右子左子には東方程たくさんのキャラクターはいない。(東方は50人以上いる上に、それぞれが巫女・魔法使い・メイド・妖怪…要するにわかりやすいキャラがたっている)

だが、ツイッターで二次創作されたり、他にもポピュラーなヒロイン像を考え出されると、右子・左子の派生キャラクターが生まれる可能性は大いにありうる。(検索した限り、中間点のキャラクターが一人作られていた所を見たが、これが流行るかどうか…)

もちろん、東方には持続性の高さがあるから10年以上もブームが続いているから、クラリネットさんが新しいキャラクターを投下しない限り本当に東方みたいな「二次創作の定番」になることはない。

だけど、「性転換ハルヒシリーズ」クラスにはなるんじゃないか…と個人的には予測している。
「性転換ハルヒ」とは「涼宮ハルヒの憂鬱」のキャラクター達を「男子を女子へ」「女子を男子へ」デザインを変更した作品集のことである。3年ぐらい前にニコニコ動画でこのシリーズが流行り、声を当てたり、同人の1ジャンルとして市民権を得ることがあった。(※僕はキョン子の同人誌を持ってます。)

最近はゆりカップリングブーム、ゆりが好きな男子が増加してるからそう言う二次創作をやれば喜ばれるような空気はあるだろうなぁ。…今のところ「これはやるんじゃね?」と思ってるのは僕とこの動画を上げた人ぐらいのもんですけどね(笑)

・関連記事(リンク集)
・「日常レスノオト」 クラリネット
http://clarinet723.web.fc2.com/
「右子・左子」を書いたクラリネットさんのホームページです。許可をいただけた事を感謝します。


はてなブックマーク - 【話題の画像】見ていたい女の子と彼女にしたい女の子 「男性受けはダントツ右でした・・・」に待ったの声! - Togetter はてなブックマーク - 【話題の画像】見ていたい女の子と彼女にしたい女の子 「男性受けはダントツ右でした・・・」に待ったの声! - Togetter

Twitterの反応をみたい人は文を、はてブの反応を見たい人は赤い数字の書いたアイコンを。

・夢想百景第一集 蟹丹
http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20120508/1336428611
チラッと触れたから、せっかくなので貼っておきます。

・殻都市の夢
殻都市の夢 (F×comics)

この漫画に出てくる少女をたくさん閉じ込めて眺めている男性の話がこの記事の元ネタでございます。

(加筆10/23)
リンクが追加されていたので、少し貼らせてください。

少女、お約束、あるいは私たちのリアルについて - 面白ければいいんじゃない? 少女、お約束、あるいは私たちのリアルについて - 面白ければいいんじゃない?

僕の記事にはてなブックマークで熱いコメントをしていた読者からによる、派生作品です。すんごい面白かったので、貼らせていただきます。

僕の分析する範囲よりも更に広範囲(現実)にまで手を伸ばして議論し、それでいて参考資料も僕のように感覚的な刺激ではなく、論理的な著書も勧めている。ネタバレ防止で多くは語らんが、良記事だよ。

*1:スタンド・アローン・コンプレックス