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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

大人になんぞならなくてもいいのに…


一応「イマドキの若者」の年齢だが…私にも若い頃があったなぁ。と夏のインターンシップや就職活動の記事を見ていて思うのです。

自己反省…ではないのですが、私も意識の高い学生に触発されて「社会人って学生よりもかっこよくね?」「起業家…社長だぜ?すごくね?」みたいな事を無意識であれ、意識的であれ考えていた時期がありました。ただし、あまり本質的なことを理解せずに。

なんの話か?「意識の高い高校生」が出現した。というお話だ。
NEWSポストセブン|就活見据え起業家にOB訪問しまくる「意識の高い高校生」が出現 NEWSポストセブン|就活見据え起業家にOB訪問しまくる「意識の高い高校生」が出現

高校生以下のろくに労働経験もなければ、情報もさほど与えられてない人達が、ない頭(知識)を無理やり引き伸ばして、将来なんて考えないほうがいいと僕は思う。タイトルの「大人なんぞにならなくたっていいのに…」とは背伸びしてムリヤリ大人の世界に飛び込んでいこうとする「意識の高い学生(高校生も一部含む)」に対して僕が言いたいことだ。

僕自身がそうだったから言いますが、どこまで行ってもそれは「ごっこ」なんだよ。実際の会社はロジカルには動かないし、OB・OGはよほど親しく、信用がない限りは「生々しいまでのリアル」は提供してくれない。当たり障りのない世間話程度に「私はこんな仕事をしています」という自己紹介をしてくれるだけだ。(何十社も受けるのが当たり前の世代だったゆえ、あらゆる会社説明会で同じような会話、同じような質疑応答を見てきたのでよく知っている。)

企業はね…8割の人に対しては「誰でもいい」んです。「人材育成」という概念で人材を見ている時点、何かずば抜けた経験や知識なんぞいらんのです。もうちょっと言えば「たかだか大学4年間程度で何かできるの?」とすら思ってる。…だって、何十年も働いてご飯食べてきた人達からすれば学校なんぞ天国よ?もちろん皮肉ですけど。

僕も「諸君、私は帰ってきた」という記事の中で話したことだけど、社会人ってカネと権力かけて戦うんだから、感情で人殺すんだぜ?
福本伸行作品じゃないけど、俺達の血はカネなんだよ。その血を手に入りにくくしようとすることは人殺しと一緒だよ?だけど、それが平然と嫉妬ややっかみでやられちゃうのが「社会人」という世界です。

  • なんで、生涯に1枚しか売れてない画家が美術史に残っちゃってるのか?

有名な話なんで多くの人が知ってると思いますが、「生涯に1枚しか絵が売れなかった画家」とはゴッホのことです。900近く作品があり、日本円で58億円ぐらいの金額で絵が取引されるような人が1枚しか絵が売れなかったそうです。

ゴッホが後世に評価された事実を聞くと惰性で書いてる人が何を思ったか「今の人間には俺の創作の価値がわからんのだ」って言うんだけど、自分から自分の作品を「ゾンビ」みたいに言う人がどこにいるんですかね?(ゴッホが自分の絵を未来へのタイムカプセルみたいな感覚で書いていたのでしょうかね?)

確かにお金にも有名にもならなかったけど、なぜゴッホが900枚もあんな手のかかった絵を貧乏だったゴッホが書くだけの情熱とコストがどこにあったんでしょうね?僕はそっちの方が重要だと思ってる。
そういう意味ではゴッホは勝ち組(幸せ者)だと思いますよ?別の仕事しながらでも、あるいはお金が無くて身寄りを頼ってでも自分の絵が書けたわけですから。…という論点を俗論としてあまり聞かないのはなんででしょうね?少なくとも僕の知ってる限りは僕しか言ってない。

その人の持つ技術や感情ってお金・地位・名誉とはほとんど関係ないと思います。ただ、周りの人が手を貸してくれるような人というのは「打ち込んでいるものがある人」だと思うんですよ。仕事でね、僕に「君に対して朝みんなが挨拶するか?君に人望があれば、それをしてくる」って言われたことがありますが、それは嘘です。

人望ってのは頼んでもないのに手を貸してくれる人がいるかどうかで考えたほうがいい。(「または損をかけるような頼み事でも聞き入れてもらえる人がいるかどうか」ね)

相手の愛想何かで自分の価値を決めるなよ!言葉なんて嘘っぱちなんだ!結果で見ろよ。「君の稼ぎは不安定だから別れる」なんて女がもしいたとしよう。それは嘘だよ。好きだったら、支えてくれる。君のために損をかぶる価値を見いだせなかったから、振られただけだ。(※実際にケースです。)

「好きなことをする」「やりたいことをやる」ってすごく危うい行為なんですよ。それが仕事や学業とぶつかって、場合によっては仕事先の人に迷惑をかけることだってある
。でも、それを応援してくれる人が自分の周りに一人でも居るならその人は本物だよ。ゴッホに900枚絵を書かせた人達がいたから50億円も後世の人が出した。

僕が傲慢なまでの全能感でモノを言ってるのはそういう事情ですよ。僕が頼まなくても応援してくれたり、記事を読んでくれたり、損を被ってくれたり…やりたい事を気持ちよくさせてくれる人が周りにいっぱいいる。
最近なら、会社を辞めるときに社長さんから「君にとってはやりたいことでうまくいっていて仕事を辞めるならプラスじゃないか!」と言われた。社長が人格者だからというのももちろんあるけど、それで急な退職でも快く許してくれた事実とセットで存在するのは社長から私が真面目にやってきたことを評価いただいてるからですよ。(この他にも給料を泣いてもらったり、ピンチや失敗に対して大真面目に助けようと手をだしてくれたり…俺がいなくなれば、月200万ぐらいの売上が消えるのに、それでも理由を聞いたら嫌味一つなく快諾してくれたのだ。)

社長だけじゃない。俺がお盆に大した記事も書いていないのに周りから「体大丈夫?」とブログを読んだ人から会ったときに心配され、知らぬところで話題にもなり、挙句私に声をかけてくる人まで現れた。立場を振りかざしたり、社交辞令で言うようなセリフでもない。ちゃんとブログを読んでいないとこういう風な事はできないし、してくれないようなことをたくさんの人から僕はされている。

ゴッホでも、ニートから芥川賞作家になった田中慎弥さんもそうだけども、結局は誰かがいないとそれは誕生しないんだ。

将来、何かになりたい人は自分の力だけでそこにいると思っちゃいけない。自分がここというとき、ここぞという支援がこない事はあっても、言わなくても影で見てくれている人はいっぱいいる。その存在はがむしゃらに自分が進んでいれば、見えてくる。

「やりたいことをしていたら、いつの間にかブロガーなり、言論人なり、経済の先生なり(※読者から頂いた称号の数々)になってた」というのが僕の経験上の事なんです。文章を書き始めたときは「面白いケータイの遊び方、使い方はないだろうか…」と考えてメールを日記帳・エッセイ調にして友達に送っただけ。自分が文章を書くことに没頭して勉強し始めたのは太宰治を読んだ後に友人から「文章の雰囲気が変わってよくなった」と言われたから。

  • 社会をのぞき込んでも何者にもなれない。

インターンシップやOB訪問…もしくは社会人との接点を持つことに熱心な学生に言いたい。「「何かになる」のではなく、いつからか「何かと呼ばれていた」というのが正しい」んだ。大学生・高校生が好んでうわばみみたいに酒を煽るのと、社会人に憧れて横文字のビジネス用語を連発したがるのと、本質的にはあまり差がない。

ただ、好きなことをやっていたら何かしらの称号(英語で言うところの「er」)があるだけ。
大学生はインターンシップやOB訪問しないとダメな部分もあるから仕方ないけど、高校生にはまだ時間があるのだから、自分がやりたいと思うことをもっとやったらいい。

「量を語らずして質を語るな」と言ったベンチャー企業の社長が居たが、高校生なら量を詰むいいチャンス。真似事じゃなくて、本当に何かやるチャンス。別に創作じゃなくても、ビジネスに興味があるなら自分で事業プランを作って…という構想を作ったっていい。

学問じゃなくて実践がしたいなら、自分でツテを探って働いたらいい。(※働けないなら学問を用いて研究したらいいけど、起業したいという人がプランを作る…もしくはそのノウハウを教わるところで満足してちゃダメだ。)
僕のヒットした記事はその「意識の高い学生」だった頃に、コンサルタントや学者さん達から事業の分析の基礎を教わったからできた記事であるし、経済に関する記事も大学で基本は教わってる。

無駄にはならない。だけど、それは使っている人のお話。高校時代から色んなところに飛び込んでいくバイタリティは認めるけど、それだけじゃただのミーハーと同じだ。高校生なり、大学生なりは大人の社会と交わることで自分が一歩進んでる錯覚を覚えているが、それで終わる奴ほどくだらないもんはない。どっかで「自分でやりたいから辞めます」ぐらい言えないとダメだ。

先程のゴッホの話もそうだけど、初心者のうちは誰かから習うなり、真似をするために研究したりする。だけど、それだけじゃその人を応援して多少の損を大目に見たり、時間を割いてその人の作品や仕事に触れようとも思わない。

だから、学生は大人の真似事なんかしなくていいと思ってる。ドロドロとして子どもよりも子どもっぽいやっかみや嫉妬でできてる大人の世界だって存在するのだから、わざわざ大人に関わる必要なんぞない。

やりたいことが無いなら見つける。あるならば、それがもっとうまくなる(満足いく完成度が出せる)ためには何をしたらいいかを必死にやれ!寝ても覚めてもそのことだけを考えて、恋人や娘だと思ってかわいがれ!!

それができる人は何かになってる。自分で言わなくたって、誰かが言ってくれる。

「彼が何者か?あの人は―――」

それでいいんですよ。自分で「何かになる」と方にはめる必要なんかない。ふさわしい名前を君の事が好きな人、君を支援してくれる人が付けてくれる。…「社会」なんて広すぎる概念の中から自分に最適なものを選び出そう、何かに当てはめようとするからおかしくなる。

高校生・大学生はそれが万人にできるラストチャンスだ。社会人でそれをやろうと思ったら、リスクを受け入れてくれる理解者がいないとできないから、高校生のうちに自分がやりたいと思うことをやったらいいんです。

やりたいことを始めなさい