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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

真・諸君、私は帰ってきた!!!〜地獄旅行に行ってきたから、土産話を〜


足立区…そこは文字通り東京の地の果てである。私は足立とは縁もゆかりもない人間だったが、私の仕事場はそこにあった。

さる施設の一角に我が社があり、その施設の人からも「儲かる?やっていける?」と心配される知る人ぞ知る個人経営の企業があった。(※中小でかつ、扱い上は個人企業だから保障の存在する「社員」は居なく、どこまでも「給料のいいアルバイト」にしかなれないブラック企業がそこにあった。)

私はこの企業のことを「地獄」とか「地の果て」とかそう呼んでいるが、それは足立区が東京の地の果てだから…というわけじゃない。逃げ場を失うほど失墜した者ですら受け入れてくれることからこの企業には様々な「ダメ人間」達がいる。

ある者は事業に失敗し、ある者は借金し、ある者は酒乱で仕事を転々とし、ある者は老齢から職を得られず、ある者は土着の不良、ある者はヤクザで、ある者はヤクザよりも怖い不動産営業マン(前職水商売)だったりする。そういう人が最後の再起を求めてあの会社の門を叩く。私のような健全なほやほやの新卒はほとんど入ってこないが…何を間違ったか迷い込んでしまった。

はっきりと言えば、「どうしようもない奴が死と逆転のどちらかを選択する場所」だ・・・が、私が入ったときには私一人だけがルーキーだったため、そんなことは知らなかった。

  • ロイアルファミリーのカリスマ性だけで持ってる不思議な企業

私ははっきりと言えば、あの職場の中で重要な仕事を引き受けている4人みんなが好きだし、尊敬もしてる。職場に熱が冷めた今でも会長と隣でウーロン茶で乾杯した思い出は楽しかったし、社長と一緒に深夜にタクシーを探してジョギングしたのはいい思い出だ。専務と1トン車で商売や職場の人の話をしたのもすごく勉強になったし、過酷な職場で唯一の良心だったM氏には息子同然に扱ってもらった。会社の経費で飲食したモノを定価だけで考えれば、30万ぐらいは食べていると思う。…後半はほとんど食べなかったが、昼晩と出してもらって、一時期は一番高いランチを食わしてもらっていた。

その時の恩義もあったから可能な限りは会社に残ろうとそれこそ終電まで商売をしたこともあり、夜中の1時に最寄駅に帰ってきたこともザラだった。会社御用達の居酒屋、自動車修理工からは顔を覚えられ、出先でも私に親切にしてくれる人ができた。

利益よりもやりがいがあってこの商売が純粋に好きだった。「ブロガーという地位を捨てて、地獄に住んでしまうのではないか」と僕は本気で思った時期もあった…1か月前まではね。

まず、2ヵ月前に遡る。ヤツが入ってきた。私が彼の前職から「レオパレス」と呼んでいる不動産営業出身の彼が来た。…彼も初めは僕の言うことを聞いて仕事をしていたし、僕も彼が少しでも上手くなって、その時にキックバックがあれば…と思ってなるべく持てる限りのネタを全部出した。(基本的に僕はネタを欲しいというやつには出し惜しみしない。)

ただ…この辺から職場が過酷になり始める。初めはレオパレスは関係なかった。社長がチーフ一名を立てて、出先から売り切るまで返さない…というルールで6人くらいで協力して商売させた。

社長・会長に連れていってもらった時のように、「どうあがいても売り切れない」というときは残して引き上げるようなことを提案してチーフと揉めた事があった。

朝の8時半に出てきて、夜の9時にノルマ丸々一人分残っていたら、僕なら「無理」の烙印を押すがあろうことかチーフは俺ともめたあとも他の仲間を連れてその日の11時までさせた。客に子供みたいにぶら下がって手を合わせる情けないレオパレスの姿を見たときに「お前は後輩にこんなことさせてでも売りたいのか!!」と怒鳴り散らしてやろうかと思ったのをよく覚えている。

この辺りから俺やチーフみたいに「直伝」でないバッタモン集団になり始める。要するに商売をちゃんと教わってないから、平然と押し売りもやってのけるし、相手が怖がるような恫喝スレスレの売り方もする。迫力があり、男らしいけど、女・老人にはできないし、僕みたいな「義理と人情スタイル」の人には禁じ手にしかならない商売を平然とやる奴が出て、人の商売を見るのがたまらなく嫌になった。

俺(後輩に向かって)「あのね、俺達の商売は罵ることかよ?違うだろ?味見も持たないで、通る人に誰彼構わず、大声で売り込むのが商売かよ?俺はそんなやり方を社長にも教わってないし、それで儲かってる奴なんぞ知らんよ。」
専務「俺、何を講釈してるんだ!!」
俺「モヤモヤするんですよ!!あんな売り方じゃ売り物がなんだって売れるもんか!」
専務「そうだ。君の言うとおりあのやり方じゃ売れないよ。そして、それが分かってるってことは君が成長したということだ。」
俺「( ゚д゚)(゚Д゚)(´Д`)」

…こんな感じのやり取りをいつしかするようになった。

(1か月前)
チームが10人以上に肥大化した当たりから、もう話がおかしくなってきた。レオパレスがチーフを退けて、仕切り役に躍り出始め、職場が当初よりも過酷になり始めた。(毎日が終電の地獄の一ヶ月だった。)

車の運転も俺がやり、商売も俺が仕切り訳で、売り物は彼が仕切り始めてからポンコツばかり押し付けられて、ものわかりの悪そうな老人ばかり俺に付ける。…俺の負担が増えながら、季節は夏。クーラーの利かない車、職場から一番遠い上に、一人暮らしの俺に対して、彼は配慮がないどころか自分に対して従順じゃないことから陰湿なやっかみを加えてきた。

文化系を貫いたまま地の果てで生き残る僕を会長も専務も見込んでいたから、会長が俺の冷や飯食らいから救ってくれたシーンも幾つかあったが…限界が来たので、社長に「一人で全部やらせてくれ」と頼んだところ…2週間だけそれでやらせてもらった。

最初の1週間はそれで結果を出しましたとも。一人で二人分の売上を作り、レオパレスが政治家で、僕が本物の実力者であるところを証明した。実力を証明すると会長はますます僕に気を使って、相方をつけるときは僕にだけ「良いか?」と聞くようになったし、俺が車で出勤してくると「TM、ご苦労だったな」と専務と口を合わせていうのだ。

それこそ、わらじをあっためておいて、大殿に褒められた木下藤吉郎にでもなった気分だった。
会長は僕のことを「ブーチンスキー」などと太ってることから生じたあだ名で呼んでいたが、僕にとっては羽柴秀吉が「ハゲネズミ」と呼ばれるようなもんだと思っていた。

このハゲネズミことブーチンスキーは決して便利ではなかった。気は利かないし、成長も決して早くはなかったし、初期スペックだってほかの人に比べれば中堅。それでも、ガッツや周りに訴えかける力があり、彼が意気込んでいると本当に売れそうに見え、落ち込んでいると本当に真剣になってやった真面目さが周りに伝わった。

ロイアルファミリーはそういう意味で私を周りへの起爆剤としてよく用いた。

…だが、その事がレオパレスのやっかみをますます煽ることになる。不良が多すぎたことを報告したら、無視されたり、ピンチの時に手のひら返しされたり、会長をのけ者にして人事権を盤石にしたり…。とにかくひどいものがあった。(おかげで俺の同期や後輩でも販売力のある人達がみんなやる気なくして、覇気がない職場になり、俺にたいして根回しを図る人が増えたことはここで語っておく必要がある。一度大喧嘩した元ヤクザの人でさえ、俺がやめる日とその前の日にわざわざ声をかけたり、絡んできたのだから、この職場の異常さを物語ってる。)

辞めた日なんぞ、俺を現場責任者にすらせず、ネタもひどいもの、出先もほとんど知らない売り場を言い渡され、ひどい目にあった。(それでも、完売したけどね。10時までかけて完売したよ。…僕は人事権を私欲で使うような社員にだけは負けたくないもの)

  • はてな民もマイミクもフォロワーも同人の友達も…みんな俺を呼んだんだ!

ヒーローというものがもしも、みんなの期待に答えるために恥を捨てて格好付ける人なら…僕はネット上のヒーローになっているんだと思う。

お盆休みにコミケで知り合いを訪ねた時、もしくはSkypeで対談したとき、実家で、祖母の家で、みんなに言われた。「仕事忙しそうだけど大丈夫か?」と。

僕は前々から言ってる。「待ち合わせをすっぽかしたようで、仕事とは言え、記事がかけないのは後ろめたい。」とか「ブログのことを娘と思ってる。娘と遊べないお父さんである僕は…娘に「おかえりパパ」と言ってもらって、向かってきたところを抱きしめてあげたい」と。

僕を含めたブロガー達がいないとはてなブックマークは本当の意味で盛り上がらない。まとめやお役立ちが被っているサイトではなく、ブログや著名人の記事で論争渦巻いている混沌こそはてなブックマークTwitterの醍醐味であり、「とある青二才」はそれを楽しむ人達から必要とされたブロガーなんだ。

青二才以外にも大物はいっぱいいる。切込隊長さんなり、ハックルさんなり、シロクマなり…はてなブックマークで注目されるブロガーはたくさんいると思う。だけど、同じメンツじゃダメだ!試合運びを覚えた器用なプレーヤーだけじゃ、大番狂わせが無くてつまらない。

俺みたいに試合運びが下手でも勝負を挑んでくる「バカだけど、真面目に戦うブロガー」「アラフォーの中に20代をぶち込む新鮮さ」「多彩なファン層を持ち、守備範囲が大きい(故に攻めやすい)ブロガー」がいないと盛り上がらない!!

…直接、これを言う奴はいないが4ヶ月も更新が不安定でヒット記事もない私が「はてな反省会」で話題になったのは間違いなく「私を必要とする」というコンセンサスがあるからだ!!そして、そこから派生して私に今までなかったような事が起こったり、コミティアで出す小説の連絡はまだか…という話なんぞも来た。

本当に僕を待っていたのだ。正直にいえば、5ヶ月前の大ヒットよりも前から僕に唾をつけていたkanoseさん、REVIさん、ヒット後に直接コンタクトを取る・仕事にかんするつまらない記事でもブクマしてくれたshirokumaさん辺りのモンだと思ってましたよ。

だけど、彼らが話題にするということは数百人の取り巻きが僕を待ってたということだったんですよ。そして、僕個人で作った読者・人脈もあるから千数人が待ってたんだと思う。

だから、言いたいんだよ。「諸君、私は帰ってきた。」と。

…社長はね、僕がブログや書き物関係のことを理由に辞めると言ったら「やりたい事でそれだけ期待されているんだから、お前にとってはいいことじゃないか!」と祝福してくれたよ。あれだけかけて育てた人間が元手も稼がずに、辞めたのに、一切怒りをぶつけなかったし、急な退職も許してくれたよ。

レオパレスを肥大化させたことで、社長を経営者としては未熟に感じるが…彼は最後まで一人の人間としては大きかった。

地の果てでは雛鳥だった私を巣立たせてくれるまで、会社のシステムを変えてまで色々とご配慮なさってくれた。…不良な職場、企業だと思うが、彼の誠意や愛情は十二分に受け取ってがんばれた。

地獄をいっぱい見たけどさ…いい経験したよ。今日は手土産にくれてやったよ!…今一度、経営三役に感謝申し上げたい。そして、帰ってきてもなお受け入れてくれている一部の村民や古参の読者達に感謝申し上げたい。

  • 加筆・10/10まで書けなかった裏話。

細かくは『『奇刊クリルタイ7.0』という同人雑誌に出させてもらいました - とある青二才の斜方前進 『奇刊クリルタイ7.0』という同人雑誌に出させてもらいました - とある青二才の斜方前進』に書いたのですが、少しだけ触れておきます。

この時期『同人誌で書かない?』という話を奇刊クリルタイの編集長(仲立ちシロクマ先生)からいただきまして、クロスレビューのパートで参加させてもらいました。私はその告知を「この記事の続編」としてアップしたんですが…大きすぎる反響を頂きました。

その内容は「この同人誌を書く事がやめる時期を決めるきっかけの一つになった」という話です。

辞めた日の私の頭によぎっていたことは幾つかありますが、そのひとつは確かに同人誌の話でした。現に、この話を社長に「なぜ辞める?」と聞かれたときに「ブログから僕をお呼ばれしてくれて、かかせてもらえることになったから、今のままの終電生活は無理です」と答えた。これは社長も経営陣も薄々気づいていたのか、急な退職を許してくれました。

社長はね…最後の給料を渡す日に、俺に「ブログ繁盛してるか?」「ここで学んだことを生かして頑張れ!」と劇を入れてくださったよ!!…彼は僕個人をパワーアップさせるためにブラックな労働環境・厳しいノルマの中でも最後の最後は俺に対して生身で接してくださったよ。権力や年の功じゃない生身の人間の言葉を聞きましたよ。

…辞めた経緯として、成立しないような言い方をネット上ではされてますけど、ぼくからすれば、反対ですよ!

ブログの存在の大きさ、経営陣から体で教わった一子相伝の奥義の強さ…これらは僕だけのもんだ。
命をかけて得るに値するだけの強大な力だ。実力一辺倒、筋を通す商売、何よりもはるか上を行く経営陣や中途採用メンバーに必死こいて食らいついたこそ、今の僕がある。

4ヶ月「しか」務めてないんじゃない!それはもう、語る者全てがその会社に恐れおののく極太ブラック会社で4ヶ月食らいついて、遂には完全歩合の中でも結果を出し、目のクマは顔の一部となった。

それだけやったらもう、お腹いっぱい胸いっぱいだ!4ヶ月「も」勤められやしないよ。僕みたいな圧倒的なプライドと商売好きにしかこんな企業に長くいることはできない。

…そうだったなぁ。最後に言っておこう。

僕は地の果てほど楽しい仕事にこれから先出会うことはもうないし、地の果てほど辛い思いをする仕事にももう出会わないだろう。…もしも、地の果てよりも楽しいものがあれば、それは僕にとっては収入を得ていたとしても「遊び」であり、生活の一部なんだろう。地の果てよりも辛いことをやってでも生きようとするなら、それは辛さの先に光明を見た時だろう。

僕は二度地の果てで死んだ。…一度は余りにも売れなくて、一人で泣きながら雨の中商売を片付けた思い出。一度は寝不足でダンプに突っ込みそうになった思い出。

1度は韓国人のスナックおばちゃんが「買っていくよ」と助けてくれた。在庫は残ったけど、僕はそのおばちゃんにあってから本気で商売をやるようになったし、そこから飛躍的に上手くなった。1度は機転が効くダンプの運ちゃんがクラクションを鳴らして、ギリギリで気づいてサイドミラーの破損だけで僕は助かった。その時から僕は自分の事はラッキーな方の人間だと思うようになった。

…全ての希望が断たれるまでは貰った命を大事に生きていこうと思ってる。

心なら、体なら…もう死んでる。今いる僕は「ゾンビ」なんだよ。ゾンビは死なない。這いつくばってでも、お前の事を食べに行くだろう。

そうだなぁ…せいぜい食われないように気をつけろ!こんなブログに時間を食われないように気をつけろよ