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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

絶望しちゃえ♡


記事のタイトルに♡マークを盛り込むという大胆な挑戦をしてみましたが…うん、そういう記事だよ。

いろいろタイトル悩んだんですよ?「暗黒先生の絶望講座」とか「さよなら、希望先生」とか「しゃべるなら二三度絶望してからにしなさい」とか。いや〜絶望的なのは俺のセンスなんだろうけど、言いたい事が伝わればいいや。

要するにテーマは「絶望」ですよ。いつも通りの「上から目線」で鬱々としてみようかな?って。水商売の女の子が声もかけられないぐらいの雰囲気を発しているときの俺の頭の中を少し書いてやろうかな?と。

言うならば、「TM2501アナザータイプ」ってところです。(元ネタは武装錬金のシルバースキン)
書き方に変化をつけようかなぁ…と思ったんだけど、多分一周回って俺に戻るだけだと思う。そういう記事だね。

お品書き

  1. そもそも論で語ろうや。
  2. 孤独で何が悪いのさ??
  • 自覚がない病人は気づいたら寝たきりになっているもの。


インターネット上だとはてなよりもTwitterフェイスブックに今から言うような「病人」が多いでしょうね。はてな民は本物の精神科医であるシロクマ先生にでも処方箋を書いてもらえばいいとして、僕はスイーツやリア充に片足突っ込んだバカタレ達には医者でもなんでもない俺が処方箋を書いてやろうか。え?いらない?モノの価値のわからん奴め、最後まで聞いて逝きな!

「意識の高い学生」とか「ガッツで成功した若手営業マン」にありがちなんだけど、「頑張れば会社に、誰かに、上司に認められる・褒められる。それが重なって夢がかなう」とかいう幻想を信じて迷惑顧みずに頑張ってますよね?え?何が悪い?数字が出せたらいい?だから、バカタレだと言ってる。

就活の時に「人を巻き込んで仕事ができる奴が欲しい」なんて会社から言われたことがあるんだけど…馬鹿な会社だよね?そういう考えを鵜呑みにした「意識が高いナニガシ」が体力やガッツの乏しい人を巻き込んで仕事をしたらどうなるかわかる?そいつらが実力がない癖に無駄に残業すれば、会社はどうなる?

追うものはそもそも「売上」なの?「顧客満足」なの?「利益」なの?「自己実現」なの?

これを一元的に論じるのはおかしい?じゃあ、比重でもいいよ。君はなんのために働いてるの?あるいは何が上司の心を捉えると思う?何がその道の達人を熱くすると思う?

どれを追い求めるかによって、行動は変わる。売上を求めるならどんな商売でも真夜中までやればいいし、利益を求めるなら儲かる時間だけやればいい。自己実現を仕事を通じて成し遂げるならワザと困難な時間も仕事したらいい。自己実現が副業・趣味の中にあるならそれをする隙間を残してやったらいい。

「売上重視」という考え方が日本中の平社員・熱血管理職に蔓延してるから言いますけど、終電まで働いて「残業代出せ、電車がないからタクシー代・宿泊費を出せ」じゃ、話にならん。それを請求しなくても次の日の売上が落ちたり、ハードな職場で人がやめたのでは話になりません。会社は売上ではなく、利益を食べて育つのです。

「がんばれば…」という考え方が日本中の学校で教えられるから言いますけど、子供の衛生上よろしくありません。できて褒められる事しかせず、結果ばかり追い求めてプロセスを大事にできないお子様を育てる危険思想でございます。子どもは学校の勉強ではなく、親や友達の数値化できない実体験の中で育まれるのです。

私に言わせれば「がんばれば、報われる」は病気です。がんばっても、周りの見えない努力・幅の狭い考え方・誰も幸せになれない利益に本質的な賛同者は不在であります。が、病人達はがんばれば、誰かが賛同・証人をしてくれると盲信するのです。

「恋は盲目」なんて言葉があるけど、確かに盲目な努力は恋愛と同じかもしれない。

その心は「○○してる自分に酔っている」という事。大小のために我慢して痛めつけられいることに耐えている自分が好きだということ。

僕はどの分野でもそういう奴が嫌いなんですよ。センスもないのに「先生・絵師さん・○×P」と呼ばれる事を目当てに駄作を作る創作者、頑張ってる自分に酔うために会社の利益を潰すような仕事を先導する営業マン。技術も志もない人間の自己承認欲はね…君が思ってるほど面白いモンじゃないよ?僕や僕が認めた才能にはその切れ目が見えるからさ、教えてあげているんだ。

君らほど対象を冒涜した存在は居ないんだよ?君らががんばればがんばるほど、コンテンツは疲弊するんだよ?

だから、「絶望しちゃえ♡」と僕は満面の笑みで君に言うよ?愛してるから今は絶望しちゃえ♡

愛してるなんて欺瞞だ?欺瞞だけどね。もし、その愛に行動が伴えば、欺瞞に事実がつく。事実に結果が付けば、相手に対して真実が生まれる。

全ての言葉は補助線でしかない。欺瞞とハッタリでしかない自分の思い込みとエゴを相手がどう受け止めるかによって「真実」が変わる。愛情にも成り得るし、迷惑にもなり得るけど「がんばれば」論者には絶対にそれがわからんのよ。

ヘタクソだから君の愛情は長持ちしないし、愛することに疲れてしまうし、愛されないと自分のことを認められない。

ここまで言ってることわかる?全ては君の思い込みで、それは「事実」を積み重ねて「真実」まで育ててきた人間しか、本当のことがわからんと言ってるのがわかる?事実とは結果だ。真実というのは誰かのバイアス…その事実に対する個人的な解釈だ。

事実の段階ではなく、その相手がその事実を自分の気持ちを交えて語る・次の行動が伴う事を真実と言うんだよ。

だから、事実と真実は常に一緒だとは限らない。「愛してる」という告白が「王子様からのお迎え」だと捉えられて熱烈に上目遣いで歓迎されることもあるが、「悪魔の誘い」のように見られてまぶたを細めて睨まれることもある。

だから、評価なんぞアテにならんと言ってる。ブログの知名度を振りかざして笑ってるけど、アレだって別に「事実がある」だけ。はてなブックマークでならば、芸能人ブロガーよりも、書籍化したブロガーよりも、SF作家よりも僕の方が上だという事実があり、僕に好意を抱いてくれる人…つまり、「僕がブログを書く事実」を好意的に受け取り次のアクションを取ったという真実がそこにあり、それを僕は行為だと「思い込んで」いる。

本当は社交辞令かもしれんし、嘲笑ってるかもしれないけど、僕の「真実」は「あの事実は僕への賞賛だ」と思ってる。寂しくない?そもそも、「寂しい」なんて概念から見直したほうがいいんじゃない?

  • 孤独になりなよ♡

人よりも先に大人になってしまうと、そのことで孤独になることはよくある。逆に言えば、いつまでも同じ友といる人間は内向きで成長がないのかもしれない。だいたい、一人になることが嫌い・拒絶する人間は趣味趣向以前に精神年齢が低いのではないかと僕には疑わしいことを感じる。

むしろ、孤独ほど楽しいものはないぜ?何もなくて頭が好き入りしやがる。群衆を見る目がガラリと変わるし、思考が底深くなる。

よくね、「人脈がないと仕事では大成しない」という俗論を振りまく人がいるけど、それって「友達100人」の状態であるって話とは全く違うんさ。職場・サークルでみんなに頼られることでもないわ。

答えは知ってるけど…「もう語ってます」から、この記事を3回読み直してください。そしたら、バカでもわかると思います。

このブログを読んでいるアニオタ諸君は攻殻機動隊の「我々の間には「チームプレイ」などという都合のいい言い訳は存在せん。あるとすれば、スタンドプレーから生じる「チームワーク」だけだ。」という台詞を知ってると思うけど…はい、そのとおりです。

一人一人がその現場を、その仕事をなんとかしようとする意識を作らないと結果も事実も生まれない!!

孤独を知らぬ子どもはともだちいっぱいである事を幸福と成長と進歩に捉えるが、私に言わせれば単なる優柔不断で、考えない人間で…要するに「ハリボテ」なんです。

ワンマンのリーダー、現場で頑張る…大いに結構ですが、組織ってのは戦略的に再構築されないといけない。
「段取りがわからん奴がいれば、僕がカバーすればいい」と言って社内ニートを作る会社、助け合いのチームを作る人がいますが…慈悲深き社会主義者なのでしょうかね?

人から助けられることを「感謝」なんて欺瞞でごまかすなよ!「困ったときはお互い様」なんて言い訳をするなよ!バカタレ!!

自分の給料や、上司のご機嫌のために人様に迷惑をかけながら取り繕ってお茶を濁す人間が語るチームプレーはエゴイズムであり、そういう人間の「頑張ろう」は「俺のために働け」なんだという本質ですよ?会社・学校の中であなたの周りを見渡してご覧。

そういう奴が掲げる「努力が報われた姿」ってなんですか?自分が上司に褒められるだけでしょ?
でもね、僕はそのために使った無駄や不平不満の「骨」をいっぱい拾っているのよ?あ、俺じゃなくても「骨を拾ってる悪役」が必ず居るんだわ。君は彼を骨抜きにしたり、御したりできると思ってるかもしれんけど、そういう奴こそ「要」なんだわ。

人間は本能で生きる「動物」であると同時に、理性で制御された「機械」だ。強いだけでは従わない。本質を頭の中で整理して、理りになびく。また、人間は「機械」であることに誇りをもってるからハイスペックな理性・理りに憧れを捨てられない。(逆もしかりだけど、洗練された「動物」の姿もまた知的な存在であることは述べておかなければならない。)

何が言いたいの?頭が悪い人、常識や教育によって「他者からの微笑を喰らう自己承認欲」で生きてる人の底は浅く、結果もまた浅ましいと言いたいのですよ。僕?ああ。少なくとも自分にも他人にも懐疑的に接することができる程度には知的だよ。感情的なように見えてあざといし、インテリジェントに見えて感覚信仰ですよ。

理論は感情を表現する音色です。感情を殺した瞬間に理論はノイズになる。理論のない感情は伝わらない。
要するに頭の悪い人はそれだけで自分の表現できる情緒が減り、人間としての深みがなくなるのですよ。

だから、頭が悪い人・俗論を盲信して考えられない人は「絶望しちゃえ♡」。君の哀れな育ちと過ちを許してやるから絶望しちゃえ♡