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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

アニメで嫁探ししてるのに、婚活を嘲笑うオタク達


昨日、Twitterで話しててタイトルみたいな議論が出てね…それをもうちょっとやりたいなぁ。

ちなみに、タイトルの雰囲気はデュラン・れい子さんの『地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本』を似せました。皮肉めいたタイトルってなんかカッコイイっすよね!

お品書き

  1. 「オタク」で友達づくり(笑)
  2. 知己のいない「孤独な夏祭り」
  • なんで「みんなで共有してるのに」オタク(お宅)にいる必要があるのさ?

はっきり言って、自分でも懐古的・挑発的・排他的で叩かれて当然の理論を言います。だから、野暮ったいコメントをはあらかじめ断り申し上げたい(笑)

色んな人のアニメ理論を聞く機会がありまして、僕は「共有目的でも面白いアニメは作れる」って事は存じてます。ゆるゆりとかミルキィとか…ニコ動でコメントが流れると面白さが割増するアニメ像ってのがあることは存じてます。存じてるけど、ちゃんというべきことは言おうか。

「手段を目的にしてる」ってね。

…僕のブログを嘲笑いに来る人のブログを読んで「オタク批判してるけど、年々オタク人口も産業的な数字も上がってるのだから、その批判はおかしくない?」って文面を見て「馬鹿じゃねーの」って思ったんだ。

これがオタクか、そうじゃないかって話も極めて無粋なのは存じてるけどさ、僕はそんなことしたくてアニオタやってたわけじゃないからさ、それをちゃんと言っておかないと僕は結局なりたくないもの、嫌いなものを反復する人生に戻っちゃうんだ。

僕が「オタクになりたい」「良いなぁ…」と思ったのはさ、初めは「世の中にこんな面白いもんがあったのか。」という歓喜。それはアニメが共有されていても面白ければ成立するからどんな趣向でアニメ作ろうが、ぶっちゃけどうでもいい。面白いと感じられる作品を作れるクリエイターと環境…それに僕が「面白い」って想い続けられる心があればいい。それ以上何も要らない。

問題はその次。オタクが「流行を追いかけるようになった」という事。あれだけトレンドを追うテレビやスイーツ(笑)を侮蔑してきた連中が最近のアニメを共有する輪に入る・入らない言ってみたり、友達をいたずらに欲しがったり…群れないと生きていけない弱虫野郎がオタクを名乗り始めた。

ああ、はっきり言ってやるよ!!この弱虫野郎!!

…僕は根本的に嫌いな人種の共通点って「立場や数を振りかざす連中」なんだ。偉い人自体が嫌いなのではなくて、偉くなった途端に偉い人を演じないと自分の希薄さに耐えられないような蛆虫野郎だよ。

ああ、一度なんて言わずに、飽きるまで言ってやる!この蛆虫野郎!!

僕にとってはオタクって人種は「生き方」でさ、それは禁じられようが、悪く言われようがやり抜く覚悟まで含めて彼らに惚れ込んだんだ。隠れオタクでも、表立って公言する人でも「好きなものは好き」という事だけは貫く。誰かのためじゃなくて、自分の満足を追求できる。僕はそんな人達を尊敬してオタクになったつもりだよ。

少なくとも、オタク文化が迫害されていた時期に子育てして、僕自身も偏見を植え付けられて育ったから、僕はオタクになるときには「一度死んだ」ぐらいの覚悟をしたつもりだ。(「つもり」というのは僕よりも大きな負担がある人だって居るであろうからその人への畏怖です。)

だから、ライトノベル「俺の妹がこんなに可愛い訳がない」のはじめの方には結構感情移入ができちゃうのよ。設定とかストーリーとかが浮き世離れしてるけど、根本的に考えてること・心配してるところは桐乃と共有できる自分がいるからね。

僕が保守的かつ夢みがちで高い理想を人に振りかざしてしまう結果になってるのは知ってるけどさ、そのぐらい高い壁があるから僕は「オタク」ってモノに没頭したいと思い続けていた。代案や具体的な行動は後で示すけど、底の底まで見てみたいという本音には耳を済ませようと決心したよ。

そう考えると「今、オタクになってる人と自分は(どっちがいいとかではなくただ)違うんだ。」と。
その違いだけはちゃんと言っておかないと僕のブログを「オタクのブログ」だと思ってる人に失礼だと。

初めはそれでもよかったんだけどさ、人気ブログになってミーハーや過度な期待をする「お客様(笑)」が溢れたから、「家は安くて、不健康なアメリカ豚の餌は出しません。ヘルシーが売りの精進料理も出しません。極めて保守的で、伝統的でどこにでもあるとんかつ屋のようなブログです。ただ、僕のお店ではちょっとだけほかのお店よりもご飯と味噌汁が美味しいから、好きな人にはおかわりして、毎日来てお腹いっぱいに幸せ太りして欲しい。…そういうブログです。」とちゃんと言う方が読者のため…?。欺瞞だ。僕の気持ちの整理のためになると思いました。

数字は少ないよりは多いほうがいい。廃れるよりは流行ってるほうがいい。だが、それが「良くなってる」とか「正しい」とかとは全く関係ない。

言った方がいい?じゃあ言おう。「俺はお前らほど権威主義じゃない」って。

さっき言ったはずだ。「ちょっとご飯と味噌汁が美味しいとんかつ屋」だと。利益をあげたけりゃ、みんなが食うとんかつの方を旨くすべきなのに、ご飯と味噌汁のはなんでじゃ?女・子どもからしたら、とんかつが美味しくて多様なものの方がいいじゃん?

…それは俺が大儲けしたくてやってるからじゃなくて、俺が「好きな人が毎日来るお店、毎日来ても健康でいられる店」が作りたいからだよ。

この場合はミーハーで流行を追いかけるオタクには「帰れ」なんだ。自分で面白いもの探す気がない人には僕は何もあげられない。作品を解釈するとか、自分の見る目を養うためにはどうしたらいいかとか…それって量を見ることじゃできないんですよ。メディアを広げたり、辞書とメモ帳を横に置いて読んだり、何度も同じ作品を見たりする事でしかつかない力です。

今、ガイナックスの社長をやってる山賀博之さん何かは王立宇宙軍の監督をする際に、10回も同じ作品を見たという。アニメの解釈語るために、二度・三度同じ本編見てから語るので、それで力を付けるのはよくわかる。

それでもわからない時はニコ動のコメントを半日後のものと比較したり、Twitterでアニメクラスタ達に議論をふっかけたり色々した上でブログを作ってく。面白いものを探したり、(SSや解釈などで)開発する時に必要なプロセスなんだ。

そして、それは「浅く広く」のオタクとは矛盾する。3ヶ月ごとに嫁を変える人・ニコ動やネット上の流行りのアニメをひたすら追い回す人を見てると「いや、それって結局テレビ見てる人とやってること同じじゃん。学校でオタク嫌いだった人達とやってることが一緒じゃん。」となる。

そういう人に限って、婚活する女を嘲笑ったり、AKB48オタクを嫌悪したりするけど、その資格があるの?少なくとも今ニコニコのランキングを毎日チェックしてる人が、前田敦子の引退にドラえもんのBGMかけるような動画を見て彼女らをネタにする資格はないよ。(僕の嫌いな人種の話からもう一回しようか?)

  • 一人でお祭りを歩くような虚しさの中で

うん。オタクの迫害が一番ひどかった時期の人達が望んだとおり、アニオタでもなんでもない政治家まで「クールジャパン」とか言い出すようになったさ。

好きな人が通じて言ってるならまだしも、アニメの作り手・売り手がいないままマンガ・アニメがクールジャパンだそうだ…。海洋堂の社長が某雑誌の中で反発するのもわかるわ。僕はアニメ・マンガ・ラノベのオタクだから偏見が減って動きやすいけど、フィギュアなんて未だに偏見あるもん。

そして、その偏見を煽ってた連中が「初音ミク初音ミク」と言ってるの見てると殴りたくなる。…NHKの社長と対面する機会があったら?一礼して、みぞうちを蹴って、わび賃を置いて帰りたいです(笑)

商業的に認められたり、お金が欲しくてやってるんじゃないもの。好きなものを好き、それこそ誰が何と言おうが俺達は面白ものを知ってる(人によっては「作れる」)のが楽しくてやる。…そんだけじゃないの?

僕は「知己」は欲しいさ。アニメ・ラノベ・マンガの評論読んで「いや、お前の解釈はここが足りないんだ」「これにはこんな切り口があってだな」とグチャグチャ言い合える友達は欲しいさ。

でも、こっちが媚びて、あいつらがみてそうなアニメを見てないと友達になれない人にまでこっちが手を差しのべる必要ってないのかな?と。

毎日がお祭りのようにオタク文化が産業的に盛り上がって、ネットの影響力が良くも悪くも上がってるよ。ないうちはそれが欲しかったけど、どこまでもそれを求めるのは違うよ。それって「ツール」でさ、それ自体が「面白さ」じゃないよ。

僕が創作系同人誌を紹介する企画をやりたいと言ったら、コミティアを紹介したり、作品を送ってくる人が出て…それは「数」がいないとできない事だよ。周囲に人がいたから僕が尊敬する同人作家、もっと面白いものを探そうとするときに垂れ込んでくれる人に出会うことができるようになってる。

でも、それは彼らと馴れ合うためじゃない。お祭りってさ、一人で金魚すくいしても楽しくないんだ。取れた数を競うことだったり、大きい金魚を取るコツを教えてもらったり、そういう事が楽しいんじゃないの?

僕はさ、今回は排他的に「昔のオタクは素晴らしい」とか「求道的なオタクになりなさい」ってつまらない結論にもっていく気はない。ただ、流行を追ったり、アニメをみんなで見るときにそこにいること自体に全能感を感じてる輩に「いや、君らなんか一番何者でもないしょーもない人たちだよ」って言いたいだけ。

だって、リア充じゃないんでしょ?リア充はネット上でアニメ見なくたって、面白い作品語り合うか、外に出て遊んでる。アニメなんて話題が無くても繋がれる。

深いオタクでもないんでしょ?それこそ、自分の心の穴の細かいくぼみまで埋めてくれる作品に出会ってるわけでもないんでしょ?

それって産業の大きさとか、輪に入っていくとかトレンドを追いかけるとかそういうことじゃ獲得できないんだよね。


自分が何が好きで、あるいは何を目的として、どういうことがしたくてそれをしてて、それをやることを通じて何がしたいのか?

イチローは小学生の段階でプロ野球選手になるために人一倍練習してたから先々にいい成績を収められると確信して作文を書いた。

私が同人誌の紹介をするとき、マンガを聞いたことなかろうと表紙買い、Twitter上で絡んでもらった人の作品への信用買いをしてる理由はそれをやることで僕の目が養われて、面白いものをどんどん見つけられるようになる、作品も技術論もわかるようになる、そしてそういう知己の輪を作っていける。あるいは自分が書くものを良くしていく。

ブログでも小説でも良いんだけどさ、作ってなんぼだと思うんだ。

オタクやるのも書きたいもの、語りたいものをより正確で詳しく把握するための行程でさ、人のためじゃなくて自分のためにやることなんだ。


そこらへんの目的意識が見えない人が多すぎるように感じたから、この記事をかかせていただいた。

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この映画ってキャッチーな感じはないんだけどさ、真面目に見た人の舌を巻くような深みはあるね。山賀さんのWikiを作る際に参考にさせてもらったので、今回はこれを貼らせてもらいます。