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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

「男のカッコイイ」の話〜代官山なんかよりもてめーのオヤジの方がカッコイイかもよ?〜

教育論

昨日のことだ。代官山で用事を済ませたあとに、近所の個人経営の居酒屋に行って、一杯引っ掛けた。

ホールがイケメンの兄ちゃんだったのだが、そういう話じゃない。客入りが多くなってくると女のホールにテキパキと指示を出して、笑顔を絶やさず…それも社交辞令じゃないひたむきさのある顔で仕事してた。一人飲みにしては贅沢なことに4000円程飲んでしまった。が、4000円落としたことには何の腹も立たないだけの満足さがあった。それは良心的な事にラストオーダーを伸ばして飲み放題を飲ませてくれて元を取ったので沢山料理を頼んでやらないと店の利益にならんだろう…という計算もあったのだが、ヒントを貰ったからだ。(この記事がヒットしたら、もう一回飲みに行ってチップを置きに行かないとね。)


…今日は一人称を前半は「俺」で、後半は「僕」にします。文法ではおかしいのですが、演出です。みなさんを信用してるからいつも通り、変わったことをします(笑)

  1. 俺が代官山で感じた「ニートレベル」のかっこ悪さを
  2. 全国4000万の「子供に憧れられない職業」の皆さんへ
  3. 修羅場を超えた男はアニメ屋・菓子屋・銀行屋…みんな良い!

  • どれだけ金を積まれても代官山だけは住みたくない。

…代官山と言えば、世間ではオシャレな街の筆頭みたいなところだ。東京を知らん人に説明すると山手線でいう目黒または恵比寿〜原宿とその周辺が「オシャレ」な街・オシャレな人の街って事になってる。
だけど、僕に言わせてもらえばあの街で見られるものに何の感動もない。確かに女子力の高い女が居て、イケメンの男がいて…でもそれだけ。僕が見たものは自分自身のいやらしさを具現化したような軽薄で自分のことをかっこいいと思ってるナルシスト達。…見たくないけど複数見て思ったのは「僕が嫌いな都民像をオフィスマン以外でこんなふうに見るとは思いもしなかった」って事。

頭に「シャイニングスパイラルウンコ」みたいなモノを乗っけて腕組んでみたり、立場振りかざして、ブチ切れてみたり…ええ。俺の嫌いな人種だ。ニートと違って、その道ではちやほやされてるからタチが悪い。ニートと違ってクズ部分の自覚がない。故に自分の言いたいことの正しさを疑おうとしない。…俺みたいに「正しいことなんかほとんどない。」人の考え方は理解できん。できる服屋がいたら、俺の服一式のコーディネート頼んでもいい…ってぐらいに思ってます(笑)

アパレルとか小物とか…オシャレにうんちくってないもん。あるにはあるんだろうけどさ「技術論(造形美・形式美)」先行にしか見えん。俺はよく知らんから、教えてくれや。俺の感覚では感じ取れない「哲学」ってヤツを。…テクニックじゃないぜ。そのスタイルをどう理解させるかってテクニックじゃなくて、それを着たことで何を与えられるかって話。TPOがあるなら俺みたいなヤツと会う日にあんなもの着ないわな…。自分の満足のために…もしくは「仕事柄」とか「癖で」おしゃれしてるだけにしか見えない。…あ、わかりやすい言葉を思いついた。

「服を着てる」ではなく「服に着られている」から、そいつの言葉が信用できないし、矛盾して聞こえる。

…そういう感じ。それは東京でよく見かけるエリートサラリーマンの姿にも同じものを見る。そして、それが僕自身の嫌いなところだ。学校や家庭でどうやっても認められない理不尽に直面した事のある人特有の「認められたい病・自分が盤石な自信の上に座りたい病」なんだ。今は認知して、完治の方向に向かってるけど、半年前の俺のブログはまさにそんな感じ。ルパン記事が伸びてシロクマ先生のご指南を賜るまでは「やったから認めろ」の立場でモノを言ったから、わかる。この手の人達は自分ではあれこれ考えて発するんだけど、人から何かを受け取るのは極めて直球的にしか受け取れない。好きも嫌いも相手の気まぐれかもしれんけど、本気にしちゃう。俺みたいに自信のない人間だった人は10回好きと言ってもらえただけで、彼女にメロメロになる。(まぁ、10回好きと言ってくれる人がいる時点で良いことなんだけど、好きの濃淡を読み取れない未熟さの話を言いたいんだよね。)

…ああ、くだらない人間だった!我ながら。結局は誰でも良くて、その人に良さを見出したとしてもそれは「ファーストコンタクトの先」のため。結局はその人を本気で好きになる気がない。自分の欠けた部分を補完するパーツとして女が必要なだけ。それが、女がいなくなったら僕はブログになった。代官山の人の場合はファッションで、ニートの場合は恵まれない労働者と比べた時の優越感。

ファッションをやってる自分が好き、かっこいい自分だから誰かに傲慢にモノを言うことも許される。その癖、僕が発した心理的な駆け引きには一切動じない。…これも複数の人間にやったがここまで鈍い人間ばかりの街であったとは私も驚いた。

(※高校時代に俺が研究したことって対人に於ける心理的な駆け引き。文章に応用するために、人の動きや感受性を研究したかったからやったことだが、これが代官山って場所でやるとOSが違うから通じない。高校時代には電話だけで部活を再建したこの私の心理戦が通用しないのは本当にびっくりした。…ええ。ネットでも「こんな手法あるのか」と驚かれた。)

その時は代官山に住む人種が僕の過去に持ってたそれだとは知らんかったから、気づかなかったが、その後に「必要以上に焦りといらだち」を彼らに見せながらやったら、彼らは機嫌を直した。…つまらない人だ。
俺は三度生まれ変わってもオシャレになることもないだろう。東京中のどこかを選ぶことになっても代官山だけは選ばない。品川・太田・台東・千代田のどっかに居を構える。…僕のかっこいいはこっちにあるからね。

  • 「オヤジを超えたい」「パパみたいな人と結婚したい」と思わせる男になれるか。

正直なところ、僕の思うカッコいいはコミティアと上野にある。(コミケはかっこ悪いものが多過ぎるから、クールなものが埋没する)

あの人らはオシャレでもイケメン人が大半だけど、「ひたむき」なんだね。最近、人の声を以前よりも自然体に聞けるようになって気づいたことは「続けてること」「パワフルに書き続けるだけの感情」「ジャズの生演奏のようなライブ感」が僕のブログのいいところだそうだ。これに気づくと、前々から疑問におもっていたことの答えが解決できる。

2chで「※ただしイケメンに限る」と卑屈に「女がイケメンのためなら身も心も…な現状」を嘆いているが、なぜネラーはイケメンになろうとしないんだろうか…って事。答えは色々あると思うけど、代官山系男子になるのも手だと思う。…そこまでの興味がない?人生に女は妄想とオカズで十分?それでもいいんだけどね。

同じなんです。上野のアメ横で大声出す人も、コミティアで自分のイラストをプレゼンする人も。あの人らって本当の意味でカッコイイ。昨日の居酒屋のあんちゃんに見たこともそんな事。惰性ややらされてる感じゃなくて、自分で必死でやってる。惰性だとしても、ワザとしんどいやり方を選んでやってる。それも客に自分が与えたいことのために。それがすごいと思う。僕にだってそういうことはあるけど、僕はそれを自分で解説しちゃうからかっこ悪い。態度一つでやってのけるだけ。それがカッコイイ。

僕が代官山の話の時に「ニートレベルにかっこ悪い」って小見出しを入れた理由はニートにそのひたむきさを見たことがないから。そういう人もいるとは思うよ?だけど、自分の目標とか伝えたいことのために人生を生きてるとニートって選択肢はないよ。

東のエデン」というアニメがあるけど、アレを劇場版まで含めて全部見て欲しい。僕が言う事をもっとスタイリッシュに描いてる。僕もニートの話をする際、この作品の意見がベースにある。ベースに「お客様じゃかっこ悪いし、楽しくないし、楽しさも自分のものじゃないよね?」があり、作品はニートを現場に投げ込んじゃうのだが、僕はそこが違う。「お前がカッコイイと思うプロに会いに行け!」と。Twitterで絡むのでも、自分の話をしてる本や音声作品見て、自分の「カッコイイ」作りなよ。そしたら、「働いても負けない」環境を作りたくなるから。

・絵が好きなら同人誌でも出せばいい。イラスト1枚100円で売る奴だっているんだから、作品がないって事はねーよ。何?即売会にいく服がない?じゃあ、アフィリエイト機能付きのブログで自分の作品掲載すれば?それなら家の中で「マッパダカーニバル」だってできるし。
・ゲームが好きってなら評論ブログでもかけばいい。俺はゲームわかんないけど、面白いゲームを買う段階で見抜く方法・情報収集なんかを知ってるなら教えてよ。
自分がカッコイイ何かになれると思えるなら、やりなよ。それで人の事批判してくるお客様よりはそれを世に出す奴の方がずっとロックだからさ。…ええ。僕のブログを黒歴史呼ばわりしてきたアイツよりは俺の方が絶対かっこいい。まとめて何十人の人間がかかってきて同じこと言ってもいいよ。お前らみんなかっこ悪いから。

僕は居酒屋でテキパキ支持する兄ちゃん、アメ横で魚売る人、コミティアでありったけの勇気を振り絞って慣れない営業トークを繰り広げる製作者。俺のカッコイイってそこにあって、お前らみたいな奴にはないからどっちに行くかはもうわかるよね?

  • 「オーラ」はある。

最後に、僕の言う「カッコイイ」の先をやった人の話を手短に。僕が好きな評論家を聞かれると社会科学なら日下公人で、オタクネタなら岡田斗司夫だ。この二人は生粋の評論家じゃなくて、修羅場を超え、それぞれの「道」を成し遂げてからそれをやってる。だから、他の評論家と面構えから違う。辛気臭い顔をしてない。モノを申する時に余裕がある。批判的な疑問、批判的な嘲笑を受けてもそれを答える態度が安定してる。

バカな人を見かけても腹のそこでほくそ笑む程度の余裕がある。…ちなみに、こういう人は世間にも意外といる。僕がすごいと思った人事会社の社長、ウチのオヤジ、被災地で政治談義した商店街の長老、引越しのバイトで同乗した年配の作業員・運ちゃんからもそれを感じ取ることができた。

自分達のやり方を、努力をちゃんと信頼してるから虚勢を張らなくても強い。笑顔が自然に出る。…僕もこういう人間になりたいね。居酒屋やスーパーの接客マニュアルの笑顔ではなく、余裕から出る笑みを出したい。
それは優しさと強さに満ち溢れてる。「ヘラヘラするな」は二流だよ。本当の武者震いも興奮もやりがいも…笑顔の中にある。それが最高に「ロック」でカッコイイ。

結構長い記事になったが、付き合ってくれたことに感謝を申し上げます。

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…検索して気づいたけど、こんなもんあるのな。