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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

プロって言うなら、業界変えてみなさい! 〜「維新塾とニート」に共通する偽物臭さの正体〜

教育論

一昨日の事だ。1つのニュースと、ひとつの動画を見た。

病院から帰宅して90分配信した河童

ニート歴10年の「涼宮ハルヒ」を名乗るニコニコ生放送の配信者が義父に爪で切りつけられるぐらいに激しい喧嘩をして、歩けるのに救急車を呼んで、病院まで行って、親の金で治療してるのに「なぜ、自分(の小遣い)で払わにゃいかん」と言い出す始末。

周りが見えてない人だなぁと。…もう一個がこれ。

塾生たちはこんな人…「日本を変えたい」「単なるミーハーです」  - Infoseek ニュース 塾生たちはこんな人…「日本を変えたい」「単なるミーハーです」  - Infoseek ニュース

政治塾に入ってきた人たちはミーハーやお祭り気分で本当に日本を変える気なんぞないんじゃないか?という記事。印象操作的な側面もあるだろうけど、2000人も集まれば、1、2割ぐらいのいい加減な奴も含むのも事実。本人を否定する気はないが、それを承知で維新塾のブランドを、橋下徹のブランドを振りかざす大阪維新やマスコミの報道姿勢には大きな疑問を覚えた。

この二つ、最後に重なるようにうまく料理していけると僕が今モヤモヤしてることのコアが出てくるんじゃないかな?そんな思いでこの記事を書くことにいたした。

お品書き

  1. そもそも人材は「育成」できない。
  2. 「プロ」を軽々しく語るな!不潔だ!
  3. 「浴びるほど仕事しても楽しい」=夢
  • バカ大学よりも慶応の方が夏休みが長い理由

ちょっと縁があり、夏休みに慶応大学の人含め、色んな一流大学の人と話をしたことがある。夏休みギリギリのところで合宿をした時の話だが、僕らはもうすぐ新学期で、彼らは僕らよりも5日程長く夏休みがあるという。おまけに慶応の方が夏休みが始まったのが早い。…生徒の裁量で動くことが許されてるんだな。

これに限らず、高校でも校則などのキツさ、ゆるさを見ると頭のいい学校の方が校則がゆるい。
一流の学校がなぜか毛染めや私服の登校が許され、こっちはけしからんことに不愉快な学ランですよ…って光景は学生時代の思い出では?(どっち側にいたかは個々人の頭の良さによるけど)

日下公人著「エスタブリッシュの崩壊」によれば、戦前生まれの彼が経験した教育は「やることさえやれば、遊ばせてもらえた。戦後教育と違ってできる子は飛級もできたし、何よりひねくれた受験問題よりも好きなことをやらせてくれた」という。

戦後でも、こんな話がある。オヤジが偏差値上は県下有数の高校生だった頃、学校の先生よりも生徒の方が頭が良く、生徒が先生をイジる(間違いを指摘する)ような状態になっていたという。もっとひどいと「先生がかわいそうだから、何も言わず聞いているフリをする」なんて人がクラスで一番頭が良かったという。


そろそろ言いたいことを言いましょう。人材という言葉には「人材育成」と「人材発掘」と言う言葉がある。だが、日下さんによれば「人材は育成するものじゃないから、前者は間違い。」だそうだ。育成しようとすると、オヤジの学校みたいになるのだという。

マイナビ2013の広告でスティーブ・ジョブスが使われたことが話題を読んだが、ジョブスが就活する姿…は思い浮かんだとしても、僕はビルゲイツやザッカーバーグが就活する姿は思い浮かばない。…日本人がいい?だったら、ホリエモンやひろゆきが就活で一流企業入って仕事してるところが想像つく?僕にはつかないけど?

堀江さんが自分の鞄持ちをしにきた子に「そんなことする暇あったら、もう事業を起こしなさい」と言ったことがあるが、これは的を射ている。学校で習ってることは「過去の成功例」だし、堀江さんだってその瞬間から新しい手法を生み出さなくなれば過去の人になりうる。

そんなことよりも自分でやってみる。手を動かす、体を動かせば、アイデアが浮かんでくるだろうが、それをしないで誰かから盗むことばかり考えてやがる。盗むこと一つすら、その製品の真の素晴らしさを知り得なければ、自分のものにできないのに、人からアイデアを頂戴しようとしやがる。

僕の話をすると、不思議な事に1年も2年もブログを書いてると、アイデアが吹き出るようになるんだ。「記事のストックがない。どうしよう」と思うことが最近なくなった。ニュースを見るか街を歩くかすれば、勝手に思いつくだろうと余裕で構えられるようになった。文体も高校時代の「躾の悪い犬」みたいな文章を名文という人達とは違う新しいこと…今しようとすることなら「ロジカルなものに曖昧なものを載せる・混ぜる事で遠目に見たほうが読みやすいタイプの評論文を作りたい」という研究をしてる。(書評やレビューを作る時は事実ベースになるからもっと正確。)

ブログ自体が好きというよりも…好きなものを好きだと言える、自分が子どもから大人になる過程で邪魔だったものにNoと言う。それをしたいからブログというツールを選んでやってる。

  • 私は本物のプロフェッショナルを「畏怖」してる

自慢ですけど、ルパン記事前後に僕は人気ブロガーの道を進みつつありまして、ちょっと頑張れば3000PV、タイミングなどがうまくいけば20000PVまで数字を出せるようになった。

だけど、僕はそれでも自分の書いてるもののずさんさも自覚してる。むしろ、多くの人に読まれることで「僕のはその域に達してないな」と思えるようになった。だから、広告やアフィリエイトの収入が微量ながらあり、数字もあり、はてなブックマークの数も有数のブログまで持ち上がった今でも僕は「プロ」なんて名乗る気はない。…このブログに批判的な人からしたら「当たり前だ」と野次りたいところだと思うが、僕もこんな当たり前の話はしたくない。

なぜするか?冒頭に貼った「ニートハルヒ」の動画に「プロ配信者の僕だから(怪我をした様子・救急車を読んだ様子を配信)できた」と言い出したときに「は?数字上げるだけでプロなら俺だってプロなんだよ!」は思ったから。

もう一つのテーマである維新塾の記事も同じ。プロに対する「畏怖」が無いからね、軽々しくあんなことができる。「今の政治家が優秀かどうか」以前に、賛成しても反対しても猛抗議される政府要人という職業がどれほど大変かを知らんからそんな事ができる。
僕なんかはブログ上だけだから、まだ優しい方だが、理不尽かつ説明を聞いていない人の批判が自分の目の前で怒号として飛んでくることに耐えられる人がどれだけいるか?典型的なのが麻生太郎野田佳彦の二名だが、この二人は首相になってからものすごく痩せたり、ハゲたり…見てる方が体調を心配するような姿になった。

維新塾を作った人にも、参加した人にもそれだけ今の政治情勢の中で政治を執り行うことが難しい事を知っているか今一度問いただしたい。議員を何十年もやって、耐性が付いているはずの彼らからすれば、橋下徹なんぞひよっ子そのものにも関わらず、そんな脆弱な人柱が突然国政を背負えるほどのタフさを発揮できるか?

「職業にするということはアルバイトであろうが客の前に出たらプロ」と昔の職場で言われたことがある。彼らが国民がお金を払いたくなるような「プロ」になるか?一回生だからなどという言い訳をする「なし崩しのプロ」になるかは誰の目にも明らかだろうに。

2000人も集めて…ミーハーが混じる事まで想定できたであろう2000人集めて…しかも、人柱は1期しか務めてない地方の知事…それが国政を語るのはいかがなものか?出るぞというハッタリだとしても、ハンパものを2000人集めて振りかざすのは小泉チルドレン小沢チルドレンでもう大衆は見飽きてるのでは?そうでなくとも、提案が脆弱かつ付け焼刃すぎる事はどの専門家も指摘してる。


どっちもおかしいわ。「プロ」を定義しないくせにプロを名乗る人と、「プロ」に対する自覚がない連中。双方ともに共通してるんだわ。「彼らが何かになったところで、何も見えない。何かになってもそれは全て、空虚な自己満足であって、僕らにはなんの恩恵もないのではないのか?庶民ならまだしも、業界だったり、その下につく身近な人をどうしたいかが全く想像できない」…そんな連中の「プロフェッショナル」に何の意味があるんです?

  • 小学校時代に「適当だからとプロ野球選手」と書いたやつは絶対に大成しない。

…僕ですか?オヤジへの敬意を込めて一流のサラリーマンと書いたら、お袋にまで笑われましたよ。当時は照れ隠しに「思いつかんからやけくそで書いた」と言ったけど、「父ちゃんみたいな立派な大人になりたい」って子どもながら思ってる人間を笑うひどい母親だと思ったね。少年野球チームの保護者もみんな苦笑い。

ネットで検索すれば出てくるけど、イチローは人生設計としてプロ野球選手になるまでの道筋と自分がいましてることを書いているんだ。小学生の段階で。

そんな人がいるのに、後発で、それもあんまり勝てないチームで少年野球チームで野球してただけの子どもがプロなんぞちゃんちゃらおかしい。…そう割り切って書いた答えが「オヤジのようなリッチマンにサラリーマンになればなれるのでは?」ってこと。これですらちょっと浅ましいのだが、勝てもしないチームで…せめてエースで四番の彼か、キャプテンの彼がかくならまだしも、それ以外の連中がプロ野球って書くのは僕はおかしいと思う。…結果出してなくたって伸びる自信や練習量があれば許すけど、それがある小学生ってどんだけいる?頭を使って野球をする習慣がついてる小学生とかでもいいけど。

自分の腹の底からしたいと思った夢に畏怖があったら、それに対して欠かさず努力をするようになると思うよ。自分がその業界で何をしたいかも見えてくるよ。自分がその立場になったら何をしたいかも。

それが僕はニートの言うプロにも、維新塾にも見えない。それどころか、商用のプロだって「おまえ、これで出版社の名を借りて、金を取るのか?」って本をいっぱい見てる。それに比べりゃ、同人誌で「自分なんかまだまだなので、アマチュアでみたい人だけにお見せしてます」という方がずっと分をわきまえてる。

政治家になりたいなら、秘書になるか、誰かの選挙手伝うかしに行けよ!ニコ生だけで食っていけるようになりたいなら、収益モデル考えて「プロの配信者」やれよ。

僕からすれば、今回言いたいのはそういう話。学校という場所・大人になっても「キャリアプラン」で教育漬けになった連中は「自分で試行錯誤して、自分のしたいこと、やりたい事を作り上げていく」って事を考えない。「人材」とは本来、そういう人を探してきて「お願いだから仕事を手伝って」というものだ。新卒にしたって、研修とキャリアプランがどうこうと人に言われてやってることは「ツール」でしかない。

その業界で何をしたいか、どう変えたいかは自分がやらないとわからない。何十年・何百年のなかで培われた合理性にはやっぱりそれなりの理由がある。それをぶち壊して独自の価値観を認めさせるのはたやすいことじゃない。

「夢」と言うと、学校の先生はバカだから子どもがかっこいいと感じるものを書かせる。…違うよ。浴びるほどやっても、過労死してもいいからそれをしたいと思う事こそが本当に「夢」なんだ。それをする事で自分が何かになれる、何かをできると信じられること。…「夢がある」という日本語が「かっこいいと感じるものがある」では、当たり前すぎる。そうじゃなくて「やり込んで自分が作りたいものがある」と変えれば良い。

それなら、子どもでも大人でも人生をずっと夢を持ちながら生きていけるのでは?

僕が一貫して自分の好きな分野のプロを尊敬するのは、そのプロの名が轟く事でその業界の未来が変わるかもしれないという希望を彼らに見るからです。そして、自分もそれになりたいって思っているから記事を書き、彼らを取り上げています。僕は世間で曖昧にされた、ぞんざいにされたプロとか「業」って概念を今一度問いただしたく、僭越ながら若輩者の仕事論、若輩者の夢論を語らせていただきました。



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