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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

勝負の心得


才能とは努力し続ける情熱のことである羽生善治

私はブログを書くことmixiTwitterでためになり、自分でも面白い言葉を書く事に熱意を燃やしてきた。ところが、それによって「結果主義」に囚われ、リツイートやイイネ、アクセス数などを意識しすぎるようになった。

この「結果主義」は名勝負師からすれば、浅ましい代物だと説かれるだけに「結果にこだわらず、されど勝負には「負けない」ように執着心を持つ」ためにどうしたらよいかをここ2ヶ月ずっと考えてきた。今から書く事が、私の見出した「私が文を楽しみ、なおかつ発言で一目置かれる」ために必要な心得である。

お品書き

  1. 続ける
  2. 繋げる
  3. 生きる
  • 「勝ちたい」と「負けない」は違う

麻雀の代打ちで20年間無敗を貫いた「桜井章一」は上記のように述べた。

彼はこの「負けない」という感覚を子供の頃のおもちゃの取り合いで学んだという。メンコやベーゴマと言った、今の世代には馴染みのない遊びでは「負けたら相手におもちゃを取られてしまう」ということがあったので、負けると遊びが楽しめなくなるのだという。

この感覚は今のゲームにもある。

オタクの間で「東方project」というシューティングゲームが人気を博しているが、このゲームは「負けたら、初めからやり直し」になる。(厳密に言えばコンティニューできるのだが、スコアが止まってしまうし、エクストラやエンディングが習得できないことで楽しみが半減してしまう。

東方のゲームはどれも6つのステージで構成されているが、本当に楽しいのは4面以降である。1・2面は簡単すぎるウォーミングアップで、3面は難しいものもあるけど、努力してクリアした感じではない。4.5.6面はパターンを覚えていて、なおかつ想定外なことにも柔軟に対応できる人でないとクリアできない難問でゲームが組まれている。

だから、4面以降は面白い。6面をクリアして、エクストラモードというクリアしないと出せないオマケモードを出すことができれば、それはもう達成感が心の底から溢れてくる。だから、東方というゲームをやってるときに「負けない」勝ち方が沢山考案され、ネット上ではそれらで勉強して努力する人が居る。

ゲームセンターのガンアクションやレース系のゲームにも共通することだが、「負けたら楽しみきれない」のである。(だって、100円でできるゲーム数が違えば、自ずと遊び続けることができなくなる時間は早く来る)

東方を例にとって「負けない」と「勝ちたい」の違いを説明する。「負けない」とは残機が0でもいいから、とにかくクリアすることである。余裕がなかろうが、ボムを沢山使おうが、最後までやられていなければ「負けてない」のである。逆に、「勝ちたい」とはできるだけ高いスコア・ボムを使わず全ての攻撃を見切る・残機は出来るだけ多くと言った勝ち方を目指すことである

負けないプロセスを目指しての負けとは抱え落ち(ボムを使わない(ベストを尽くさないまま)やられる事)や、ボケッとしてる間に打たれてやられる、欲を出して高い点を取ろうとして(点数やグレイズ(ギリギリでよける)事にこだわりすぎて)やられるの3つを無しにプレイヤーができる全てを出し切る事である。

全部を出し切ってやられるような事が良くない。

この感覚でやったらいい。桜井章一さんなら麻雀を打ち続けるためには麻雀でできるだけ負けないようにしないといけないし、羽生善治さんならプロで将棋を打ち続ける、タイトルという達成感を楽しみながら将棋を打ち続けるなら負けないようにしないといけない。

僕ならどうか?文章を書くためにほかのことに時間を使わないといけなくなる。例えば、僕のブログだけで生計が立てば、会社に行く、アルバイトをすると言った事をせずに調べ物に専念できる。1本立ちできなくたって、残業や飲み会を断る裏付けにはなるし、バイトならば消極的にシフトを組むことができる。

あるブログ管理人の話をしよう。例えば、アキバブログの管理人はブログを午前中に書いたら、午後はトレンドを調べるために秋葉原に行き、夜は同人誌を読む。僕だって、それだけの時間とお金があれば、同人誌は研究できるし、記事を書き終わったら、半日はブログのための研究に費やせる。

楽しいからやり込む時間が欲しい。だから「負けたくない」と思う。そのためには、結果以外の楽しさを見出さなければ、続けることができない。

  • 私が文章を書き続ける理由

これはその時々によって微妙に変わるが、普遍的に喜びを見出す場面を語っていこう。

お品書きでこのパートを「繋げる」と表したが、これは文字通り「つなげること」が楽しいからだ。この「繋げる(繋がる)」は2つの意味がある。

1つは人間同士の話。mixiで文を書いていると、マイミクの書いたコメントから討論会が始まることがある。あるいは交流の仲立ちが出来ることもある。これははてなダイアリーでもまれにあることだが、その道に通じていない人のコメントを僕じゃない誰かによって、補足・反論が起こることがある。

また、僕自身の人間関係だって、ブログやmixiで大きく広がる。これを見て「ああ、俺はいい仕事をしてる!」とやりがいを感じる。ネット上の業者が80人と1500人いるのではない。私の相談事や言葉に応じてくれる人間関係の繋がりが全部でないにせよ、ある。そして、僕が選りすぐりだと思う人同士が繋がってもらえると嬉しい。

もう1つは研究の過程で知識同士を「繋げる」ことだ。記事を書くために本を読んだり、取材に行ったり、体験したり…色んなことをやるが、そこには「気づき」がある。例えば、私の人気記事で言えば「mixiはなぜ衰退したのか」という記事がある。話題性とタイミングがかみ合ったからヒットした記事でもあるが、それだけではfacebookからビジネスマンが押し寄せて僕の記事について語ったりしない。

記事を書く前に「じゃあ、mixi2chは今のネット界では老舗だけど、どう違うのか?」「僕ははてなダイアリーを選んだ理由は?」など、様々なことを自分なりに考えていく。その中に一番衝撃的だったことは、2chmixi論議をしている人のマイミクは半分は長らくログインをしてないmixiを見捨てたユーザーで、私のそれは2割もmixiをやめているユーザーがいなかったことにある。つまり、私の記事が見たくてマイミク申請をしてる人はmixiで会いたい人が居るのだが、他のユーザーはそれがいないということに気づけた。(※ニコ動でも好きなクリエイターが消えちゃうと悲しいし、コミケやpixiv、2chでも同じ事。)

私が記事を書く上で「負けない」を実現しようと思えば、良い記事を書くこと。良い記事を書いて、私の記事・私のTwitterを充実させて、人脈の仲立ち・知識の交換を積極的に行える環境を充実させていくこと。
良い記事を書くためには「気づく」事。気づくためには、自分の殻にこもらず、様々なモノを見聞きする事。好きな人、モノを大事にしてそれを誰よりも愛してる、理解してると言えるように努めること。

数字を出す事を優先するのではなく、「気づいたことを書く」事を優先しないと、誰にも(もちろん自分にも)感動がない。

「人を感動させる」とか「戦って勝つ」という考え方ではなく、自分の内側からこみ上げてくるもの「自分の感動を伝えたい」「良いものだから共有したい」「負けたら楽しめないから勝とう」と思えるかどうか。結局のところ、それは「生き方」につながってくる。

  • 負けない事の本質は「決断」「整理」「ミス」

羽生善治・桜井章一両方の勝負師に共通することは「負けないことにはこだわるが、過程を大事にすること」と「整理することを大事にする事」そして「決断をなるべく早く出すこと」更に「ミスには法則や癖が隠れていると考えている事」にある。

最後は「負けない・過程を大事にする」以外の三つであるミス・整理・決断の順番でやってきたい。

まずはミス。ミスや癖はそれぞれの性格を表す。そう言われてから、「どうしてミスをしたか」を考えるようにしているが、やっぱり法則がある。

私の場合、日常生活では「考えすぎて結局損をする」「欲をかいて損をする」があり、ブログ上では「視野の狭さに書き終わってから気づく(読み手を意識しきれていない)」「誤字脱字が多い」「テーマや言いたいことを詰めすぎてまとめきれない」がある。

日常生活の方は欲が強すぎて力んだ結果、ミスをする失敗が多い。文章の方は読み手を意識しきれないところに失敗がある。「考えればいい結果が出る」とか「この中で絶対にいいものをとって勝ちたい」という無意味な執着が多すぎる。(※自分でやってるから気持ちはわかるが、本来の目的を忘れてこだわることは「無意味」だと割り切らないといけない。)

見やすさもブログの技術のうちだという意識をもつともう少し良くなるかもしれない。だが「内容」一辺倒に開き直ってしまう癖があり、それが視野を狭くしたり、甘えを生む。読みやすい言葉・読みやすい構成を意識すれば伝わるはずの事が伝わらず、もどかしい思いをする。


次に整理だが、これは3つの整理がある。1つは頭の中。さきほどやった「ミスの分析」がそれに当たる。1つは時間の整理。「間に合う」という言葉があるように、必要なタイミングを心得なければ、どれだけ良いものを作っても、それは意味をなさない。ブログはこの「間」が重要で、話題になることやみんなが薄々考えていることはどうしても話題になりやすい。トレンドだけを狙っても空虚ならばヒットしない。しかし、自分の気づいたことをより分かってもらうためにはそれを言い出すタイミングを計るのもまた力量になってくる。

会社でも家族でも「後にしてくれる?」や「なんであの時言わなかったの?」と言われるシーンはあると思うが、それは「間」を合わせられてないのである。「日本人は察しと思いやりを重んじる民族」なんて言葉が有名なアニメに出てきたことがあるが、共通するものを感じる。亭主関白の夫婦が「アレだ。アレ持ってこい」と女房に言うと、その「アレ」を持ってくる風景がある。「間」には「その場の様子」「具合」なんて言葉もあるが、それがわかるためには相手をよく見ておかないとできない。

私ももう少し間のいい時があった。その時は師匠に「よく見てる」と褒められた。頭がいい奴はもっといっぱいいるから、違う方向に頭を使うようにしたら、「間のいい」人間になれたが、いささか頭でっかちになった最近はその「間」の感覚を失ってしまった。(時間の間は、人の間につながってくる。)

最後はモノの整理だ。部屋や机を片付けること。机が広いと仕事がはかどるし、部屋が広く見えればそれだけ考えが広げられる。これはみんながいうことだから、そこらへんでとどめておこう。


そして、決断だが…これはもう上記のことを理解していれば、できるはずだ。必要な要素はあるけど、シンプルか早く選択するように努めること。

私ならば「本来の目的を突き詰めて、そこに見合うことをすればいい」と常に肝に銘じて物事を選ぶこと。上っ面の利益や欲ではなく、本質を自問自答する。見栄や欲望に囚われやすい人間だと自覚すれば、自ずとそれを減らすこともできる。

他の人はどうやってそれにたどり着くかなんか知りません!私はあなたじゃないのです。
しかし、私がそこにたどり着いた過程を真似たら、自分のミスや癖に気づけるようになるはずです。

中盤で「気づきがブログを面白くする」と言ったが、「ミスもまた気づき」です。
人間を面白くするための気づきがミスなのです。至らないからこそミスをするならば、ミスもまたあなたへの警告だと心得て受け止めていけば、成長につながるでしょう。


・参考資料
羽生善治「決断力」
決断力 (角川oneテーマ21)

桜井章一「負けない技術」
負けない技術──20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」 (講談社プラスアルファ新書)