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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

日本は「技術立国」にあらず!〜文系が科学技術を知らないから、危険で貧しくなった〜


今回は俗に言う「失われた20年」なるモノの正体について説明したい。その時にあらゆる常識を懐疑する必要があるが、今回は「技術立国日本」と「効率的・合理的経営(アメリカ式経営)」の話が中心になってくる。

お品書き

  1. マネジメントがバカだから原発事故が起こった。
  2. 効率的安定供給が日本人の食文化を貧しくした。
  3. 日本人は文系を過小評価し、価値を活かせない
  4. くだらない文系にならない、騙されないために
  • 人間は間違える生き物だから、「ノーリスク」なんてものは存在しない。

ありとあらゆる「安心安全」は「すごく低確率」なだけで、いくら突き詰めてもミスや事故は生じる。

しかし、この国の知識人(笑)達は万が一の対策を考えることを「自分達に落ち度があることも有りうると認める考え」として、それを絶対に考えたがらない。(※「(笑)」を付けたのは、知識があっても常識がない連中を知識人と呼びたくないから。)

人間はいかに素晴らしいシステムを作っても、不測の事態は起こる。

だから、完全無欠の安全な原発・軍を持たない経済大国であれ問題が生じる。原発も事故るし、日本が経済大国である限り、高圧的なテロを企てる輩も居る。それらを未然に処理する事が理想であることは重々承知しているが、それでもダメなときの対策を考えておく必要がある。

文系が技術と接するときに重要な事はその技術が不備を起こした際の対処法だ。

原発を例に話をする。原発の専門家に「武田邦彦」なる人が3.11後に、脱原発派にくら替えした。この判断を大衆迎合だ!」とする声が保守派(※チャンネル桜)からあがった事が、僕には情けなく、無知な事に思えた。

武田氏は震災が起こる前に出した日下公人氏との対談本で「科学者が技術を提示して、文系がそれを選ぶ。」という要旨の話をなさっている。僕が武田氏の弁護をするなら、彼は「日本の文系(東電・経産省)に技術を選び、社会に組み込む能力がない」事を悟った上で、「運用できないものならば、辞めたほうがいい」の判断を下した事を申し上げたい。(※実際、自分が委員会にいたときは「耐震をやれ」「ヨウ素を配れ」と色々言った事は様々なメディアで明らかにしたが、これを「そんなことをすれば事故の可能性を認めることになる」などと東電・経産省は拒否。)

ちなみに、「科学技術は日本を救うのか?」の著者であり、超伝導リニアモーターカーの速さの仕組み)の権威である北澤宏一氏も同様の趣旨のことを述べている。また、「オタクで女の子な国のモノづくり」の筆者で技術系のコンサルタントの川口盛之助氏も技術ではなく、日本人の感性こそが世界に類を見ない商品開発力を形成したと語っている

要は「技術が危険」「科学が怖い」ではない。運用する人・社会システムに組み込む人が大きな誤解をしている事が「危険」なのだ。

冒頭で「マネジメントが馬鹿だから原発事故が」と言ったが、正直あれはなんでもいい。技術を理解せぬ輩が合理化やらコストやらと差し出がましいことを言って、高圧的に対策を怠るように仕向けた。

全国津々浦々の経済やってる学生には申し訳ないが、僕らのする経済学なんか何も生み出せやしない。何かを生み出す人を助けるための学問であって、それ以上であってはならない。それが技術に口を出し、儲けをつつき、さらには「社会の基準」とまで言い張る傲慢が文系だというならば、私はそんなものに価値を見いだせやしない。

その精神が科学技術を危険なものに変えた。そして、技術の実態も理解せぬままに「マネジメント」などと横文字並べたアメリカ(の学問)かぶれが偉そうな口を叩くから日本は悪くなった。無知を「畑違いだから」などと言い訳して開き直るくせ、自分達の価値観はきっちり押し付ける傲慢さがね。

リスクをちゃんと試算して、最小化できないのならば、それを技術として使うのがおかしいのだ。

儲けを最大化して配らないといけないほど、株主は金に困ってる?否!金があるから投資する。「待て」と言うことなど容易。まして、東京電力ほどの安定した収益をあげる会社ならば営利目的の暴走をする必要もなし。

東電じゃなくて経産省?なら、なおさらだ。役所が耐震強度の基準を落として税金の削減?耐震強度偽造事件では国会まで人を呼びつけて、原発はいいの?高層ビルよりもたくさんの被害が出るのに?…どうかしてる。

原発を守る気がないなら、いっそ、警視庁か防衛省にでも投げたらいかが?アレは経済的な問題よりも防衛の問題が大きい上に、有事の対応ともなれば専門外なんだ。

原発の技術が問題だなんてバカなことを言うなよ?原発のほとんどはまともに稼働し、津波を浴びたはずの女川・危なかったとはいえ事故を起こさなかった福島第二原発などは無事だった。バカデカい力を扱う以上ノーリスクはないが、リスクから守ることは十分可能だ。

問題は文系がやってる事後処理で起こってる。俺は原発に詳しいと作業を中断させた元総理大臣や、情報を隠蔽する各種機関、東電に支持を出せない政治家・役人…。それで東電叩きだけは熱心にやるマスコミ。(そりゃ、東電に落ち度がなかったとは言わないが、原発にはたくさんの監督機関がある以上はお上の責任の方がずっと大きい。)

これだけでも、文系が科学技術をおかしくしてる事実は明らかなのだが、原発には政治思想のバイアスがかかるから、別の話も1つだけさせてください。

  • 漫画「美味しんぼ」を読めば、如何に技術が虚しいかがわかる。

最近、マイブームで美味しんぼのアニメを見ているのだが、料理に対する知恵の凄さと、それを短絡的にマネジメントしようとする浅ましい人間を丁寧に描く姿には頭が下がる。

美味しんぼが「親中反米アニメ」と揶揄されているが、食べ物について考えれば、それもわかる気がする。美食の漫画・アニメなのに、アメリカ料理って何?と言われると正直分厚い肉が…という代物しか思いつかない。…アメリカ料理のコースなんて聞いたことがない。そんな特集番組もまた然り。(現大統領ですら、ロシアとの外交にハンバーガーショップを利用するような食文化の国よ?)←※実話です。画像探してみてね。

美味しんぼはバブル期に作られたアニメなので、今の人には浮き世離れした部分もある。だけど、地産地消にいち早く目に付け、生産の効率化や化学調味料・食品添加物批判もやっている素晴らしい作品だ。

そりゃ、中国人がなんでも食べ過ぎて、椅子以外ならなんでも食べるあまり、日本では考えられないゲテモノ食いのレシピが残ってるのもまた事実*1だが、華人が世界中で食べ物屋をできるだけの豊かな文化的土台があるのも事実だ。

ある程度、自炊をできる人なら、今の食べ物が如何に添加物まみれでいい加減なものかがわかるのではないか?

ちゃんとダシを取ったモノと、よくわからんめんつゆなるものの味の違いがどれほどのものかがわかると、僕はめんつゆを使う気が失せるね。(※うどんばかり食べるせいで、昆布・カツオ・煮干と三種類揃えてます。滅茶苦茶美味しい。)

そもそも、食について申し上げると、科学技術の使い方を誤ったがために昔の人よりも貧しくなったモノのひとつだ。

最上の食べ物はもはや、昔にできていた。一番おいしい時期はモノにもよる。農法に関する「失われた技術」が存在した可能性、明治になって新しい食べ方が考案されたもの、日本の寿司のように物流技術の発達で美味しくなったモノも含むためだ。だが、今のモノが少ないことだけははっきりと言える。

食べ物に関する産業なんて、昔の人の知恵を踏襲しているものがほとんどで、そこに科学も客観性もロジックもないが機能していた。むしろ、ロジック自体が後付の仮説に過ぎない。(敢えて、現在の方が優れているものは「衛生」だが、美味しい食べ方を見出すことに比べたら、どれほどのものか…。)

100年以上昔からタイムスリップしてきた人が、今の家庭食を食べたら2つの意味で驚くだろうね。1つは食品の多彩さ、もう一つは味のまずさ。…そろそろ、結論を言いましょう。

科学技術の進歩のほとんどは「美味しいものをつくる」という上位互換を作るためではなく、不味くても手に入りやすいものをつくるという下位互換を作るために貢献しているのが食品という相場だ。

そりゃ、物流で色んなものが食えるようになったことは認めます。「生××」「活××」と言った食品が飲食店・スーパーにあふれるのがそれのおかげだということも重々承知してます。

だが、それがどれほど価値のあることか…。旅行に行く楽しみも奪われるわ、地産地消の文化がなくなるわ、田舎の活気は失われるわ…。都市部だけだよ。それで得をしたのは。それで得たものは、安心安全?ホントかよ?酸化防止剤の味しかしないワイン、化学調味料をぶちまけすぎた生ハムが大手コンビニチェーンに平然と並び、寿司屋に出てくる魚も店員すら名前を知らない代用魚と来たら、それが本当に安心で安全なのかはさぞ疑わしいものだ。(おまけに時間がかかってもその場で料理していた遠い昔より、今の方が安心?それって心理的にどうなんだろうね?)

…それを目指して世の中を作ってきた世代はいい。だが、その後に生まれた世代からしたら非常にアンバランスな国だと思ってる。土台に素晴らしい文化や技術を生み出すだけの器用さ・センスがあるから「技術立国」だの「海外に誇る文化」があることも嘘じゃない。

だが、それらは文系や芸術系が技術を選択して作り上げていくものなのだが、無頓着であることにあぐらをかいて「安全な技術をよこせ」とか「生産に便利な技術」と言う。その歪さが「失われた20年」の正体であり、原発事故や戦後レジームと呼ばれる世論・政策論のねじれだが、これを語れる人が理系ばかりに偏ってる。

日本からアップルみたいな製品が生まれない理由を色んな人が議論してるが、僕に言わせれば「技術を選択できる文系の力が他国の方が上だった」と言うだけなんだ。

  • アメリカでは大学を4年ででられないが、日本の東大生はラノベで大盛り上がり

東大生が一番読んでいる本が「僕は友達が少ない」だそうだ。僕はあの本はいいラノベだと思うが、東大生が読む本じゃないとも同時に思ってる。…いや、東大生が大多数の「コンセンサス」にするには程度が低いと思う。(同じラノベで盛り上がるのでも、最低狼と香辛料みたいな経済色があるもの、涼宮ハルヒシリーズみたいに読んでいくとSF色があるものならわかるけど、はがないは…文章的にも、世界観も中高生向けだよ。)

一方で、アメリカでは学問が歴史を通じて蓄積されるのだから、学ぶ量が増えて4年間での卒業は困難とされる。これは欧州でも「新卒一括採用」がない理由として、専門性が求められることが挙げられる。

…一方の日本は何が求められるのか、就活に関するとある記事(ニコニコニュース・mixiニュースに出ていた記事)によれば「素直さ」なんだそうだ。

労働基準法をぶち破り、終電まで文句を言わずに働く素直さのことでしょうか?それとも、上司に口答えしないロボットのような素直さでしょうか?…僕は存じ上げませんが、専門性よりも素直さの方が重要なんだそうだ。(性格が採用に左右するのは仕方ない。そりゃ、人間が仕事をするのだから必要なことだ。されど、その基準が熱意や気配りではなく「素直さ」と来れば、裏の一つも感じるものだ。)

お国を動かす「エリート」がやることに大きな差があるんだ。犯人を強引に作りたいならその「エリート」の差であり、そのしょーもないエリートを育ててる大学だろう。…それを言ってもなんにもならないけどね。

欧米じゃ経済・経営系の連中でも必須単位として哲学を学ぶ。日本じゃそんなことはしない。それどころか、専門分野でもそれなりのランクの大学でも寝てる。

だったら留学したらいい?違うよ!はじめの方で「アメリカかぶれ」と言ったが、本当にアメリカでちゃんと学問をやってる人なら良い。自分の芯を残したままツールや選択肢としてそれを使っている人なら僕はそれを評価したい。

しかし、そうじゃないケースが多過ぎる。

食べ物が地産地消であるように、日本には日本にあった考え方がある。ハンバーガーショップと鰻屋が同じようなシステムで運用されてはたまらん。経営学はその都度その都度の研究の積み重ねでできるもので、ちょっと外国から聞きかじっただけの野郎はかえって有害だ。

分析手法には頭が下がるモノが多く僕も使ってる輸入学問もある。だが、僕が人に口で発するものは僕自身が作る国産そのもの。しかしどうだ?テレビで話す連中は「海外ではこう、日本はダメ」の一辺倒で、そのバランス感覚がないじゃないか!!

見習うべきところ、反対すべきところを取捨選択できる芯がないヤツが学問だけ学んでもどうしようもない。留学して専門だけではなく、哲学から他国との文化の違いまで冷静に学んでくるならまだしも、実態はそれとかけ離れてる。

科学技術も同じだ。技術屋が「あれがいい、これがいい」とプレゼンするものを「リスクヘッジまで含めると…」「それはコストがかかる」「それを付けても誰も喜ばない」と拒否できる人がいないと。

そのために文系を「素直さ」だけで採用する体質を変えないとこの国の経済は本当におかしくなる。沈みゆくなんて言い出す人がいるが、沈んでるものがあるとすると時代の波から沈んだ年寄り企業人だろうね。

…長くなったから少しまとめよう。

・この記事のまとめ

  1. 技術は理系のものではなく、文系が提案された技術を選択し、それで社会をどうしていくのかを考えないといけない
  2. されど、安全で安直な技術ばかりを求めた結果、技術に対する弊害が多くなり、自分達の罪を省みることもなく「科学技術は危険だ」だの「リスクは危険だから取らない」などと言い始めた。
  3. それは欧米の大学では哲学の授業で習うことだが、日本の社会科学の学生は「ラノベ」ばかり読んでいて、まともな人はちゃんと出てこない。まともな人もいるが、彼らよりも「素直なヤツ」を採りたがる企業の採用基準に「失われた20年」の答えがある。
  4. したがって、僕はこの記事を通じて「日本は技術立国ではない」と申し上げたい。その根拠は技術を開発する力はあっても技術を使って、どのような社会にするかを描けない文系ばかりだから、技術立国を名乗っても、それが生かされる場所がない事にある。

最後に、そのソリューション(解決方法)を3つ提示させてください。

  • 意識は知識よりも強い

長くなってるから、ざっくりとだけ言います。文系の人は特に注意して聞いてください。

1、職場・SNS上でたくさんの友達を持とう
今回は技術の嘘を見破れ…という話だが、技術なんかなかなかわからない。だから、人に聞くのが一番早い。

僕は、自分の情報網を広げるためにマイミク82名、フォロワー1480人の交流があり、質問を両方のツールで投げれば、3〜10通りぐらいの答えが返ってくる環境を作ってある。

上は自分の母親ぐらいの歳、下は中学生まで…もちろん、理系も文系もいる。

世間では「量より質」という言葉があるが、量がないと質が揃えられない。だから、自分でも多くの人脈を作ってネット上で機会があれば、話したり、食事したりして、自分とは違う分野の話を取材させてもらうことが多い。

ちなみに、このやり方はオヤジに教わったもので、社交的で、違う部署に友達がいる方が仕事上便利なのだとか。(欧米ではパーティーやスポーツを通じた親睦会を盛んにやる理由として、転職先を見つける際のコネクション作りの側面があるという。…日本の人材サイトみたいに、ヘッドハンティング・大栄転の転職なんてごく一部の人の夢だから、人脈は常に自分の中に持っておくのだとか。)

2、「なんで」と思うものを調べたり、人に聞く習慣をつける。
友達が多くても、頼らないとどうしようもない。…そう言うと「迷惑かもしれないよ?」と思われるかもしれないが、一番ダメなのは「声をかけない」事だ。

僕がそうだが、【人は頼られる事を心地よいと思う人】は世の中に意外といる。そりゃ、マナーや頻度によっては迷惑だが、忘れ去られる事に比べたらずっとそのほうがいい。
そもそも、ネットやアドレス帳に入ってる名前は双方に「有用性」を見出してやってるのだから、使わないと名前を描いたインク、その人にアクセスした履歴が古く劣化してしまうばかりだ。

就活で、営業職志望として説明をうけると、「既存のお客さんを定期的に回るのが仕事だ」と言われるが、これは友達も同じ。時間を置きすぎると、声をかけにくくなるか、自分が必要とされなくなる。

それに他人の立場がわかるようになると、どうして問題が生じるかがよくわかるというものだ。(※東電のOBや、被災地の老人を取材したときにつくづくそう思った)

自分で調べるのもいいが、人に聞いたほうが時間も掛からないし、予備知識もつく。暇な人は細かい説明もしてくれる。…それを生かさぬ手はない!!

3、自分でやってみる!!
自分から制限をかけて、体験を避けるのは良くない。無能な人ほど、仕事場で人を呼びつけて怒鳴るというが日常の中で無意識に「自分の得意分野から出ない」と自分の型を逃げる言い訳に使ってしまう人がいる。(僕自身もたまにやってしまうことがある。)

それを少なくしないと、専門バカになって、不毛な争いや事故の種になる。あるいは無知ゆえに損をする。

自分で「これだ」と思ったものは積極的に実験してみれば、何かが掴める。忙しい人にはこれが一番難しいことなのかもしれないが、自分でやったことが一番学びがあるし、信じられる。

「疑問を持つ事」には意識や訓練がいるが、自分でやったことを深く知りたいという願望は勝手に湧く。

その楽しさがわかる人は俗論や他人の意見に振り回される回数が減っていくのではないだろうか。


参考資料
武田邦彦×日下公人「作られた環境問題」
つくられた「環境問題」―NHKの環境報道に騙されるな! (WAC BUNKO)

・北澤宏一「科学技術は日本を救うのか」
科学技術は日本を救うのか (DIS+COVERサイエンス)

・川口盛之助

・『東大生が最も読んでる文庫 』 1位はラノベ 「僕は友達が少ない
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52348989.html

*1:子供の調理法まであるという中国ウォッチャーもいる。