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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

【同人誌の話】オハナツミ 柊正

同人誌

あまりにも素晴らしい同人誌をコミケで見つけてしまったので、感動のあまり製作者にネットで連絡とって「特集やってもいい?」って聞いたら「いいよ〜」と許可をもらえたので、やってみたいと思う。

せっかく魅力を語るからには絵師さんの評価が上がるものであって欲しいので、まずは表紙絵をご覧いただくところからスタートしたいと思う。

前もって言っておきますが、ページ数が20〜30ページぐらいの同人誌なら僕が持ってる中で一番いいのはこれだと断言してもいい!家が火事になってもこの同人だけは抱えて救出したいと思うレベルに好きだね。(長編部門のお気に入りも書いたので、関連記事として下に貼っておきます。)

お品書き

  1. 一冊で二度違う読み方で楽しめる本
  2. 文学的なセンスを感じる心理描写
  3. 「二次元」作品の良さが出てる漫画表現
  • 「あ、そういうことね」と読み返したくなるような作品

同人誌ということで、流通量が少ないこともあって、ネタバレたらたらにして食い込んだ説明をさせてもらうことを重視したいと思う。…というよりも、この漫画をネタバレなしで説明しちゃうと全く違う漫画になってしまうところがこの記事を書くときに悩んだ事かな?

この話の肝は「トリック」なんです。誰からの目線かわからない時、ごく当たり前の目線で作品を観ているとなかなか気づかないのですが、気づいたときに「おおお!!」となる。(筆者自身、それを目的として作ったとあとがきにあるのですが、まんまと引っかかってしまった。)

本来、人間じゃないものを「擬人化」し、その「擬人化されたもの」からみた「人間」を描いてる。
人間は「擬人化されたもの」を本来の姿で見るし、扱うから読み手は1度目は何の事かわからない。

輪るピングドラム】のモブの見え方みたいに、あるところどちらかが本当の姿、どちらかが擬人化された姿に変わる。

ここまで読んだところで、あらすじを書いていきます。

あらすじ
【お花を摘みに来る子供のお話を「花」の目線で語る】というユニークな作品。子供は花を採るときに花の部分だけ取っていってしまうため、擬人化された「花の目線」では「首をつかまれる」描写がある。子供の事を「花の目線」では「選び神」と呼び、選び神につみ取られた者は「綺麗だと認められ、祝福された」という解釈になっている。

  • 「今の時代」を投影した心理描写

この「オハナツミ」の素晴らしいところは【目線を生かしたユニークさ】に加えて、【大衆心理に置いてきぼりにされる感覚】を描いていることにある。

作者が風刺としてこれを書いたのか、実直に思ってることを書いただけなのかまでは僕にはわからない。

だけど、昨今起こっていることは「大衆」や「世相」が安直かつ大きな声に付いていくのだが、慎重な人や頭のいい人はそれによって孤独な気分にされるという現状がある。

感傷的な自分の話をさせてもらえば、僕は高校1年ぐらいからそういう人間だったから、この作品を読んだ時に「文学だ!誰が何と言おうと文学だ!」と思ったものです。

自分の話でブログやmixiに残っていることをいえば、3.11後に「不謹慎」「自粛」などの言葉が流行ったときに「バカバカしいからやめなさい」と言って大顰蹙(ひんしゅく)を食らった。だけど、僕の友人や読者達からは「よく言った!」という声もあった。

この時はまだ賛同者がいたからよかったのだが、完全に孤立したこともある。オハナツミの主人公同様にね。

その時は同級生も、先生も、親も全部私と対峙したね。今でこそ政治・経済をて語って自分よりも学歴やいい職の連中にも「君のブログは良い」って言われいるが、その時は「原則通りやってる」のに、誰も味方してくれなくてすごい寂しい思いをした。(どうやって精神を維持したか?妹にニコ動を紹介されて、暗黒界入りさ!)

孤立した(孤高とか、栄誉ある孤立も含める)人には他人の言っていることが恐ろしく短絡的で、打算的でつまらないものに見えるが、そういう「人の愚かしさ」と言うものをしっかりと描いているのが、この作家のすごいところ!

「わかりやすい敵を作って叩いているだけじゃないか!」
って僕のブログにクレームが来ることがあるんだけど、それって自分自身のやましさで他人を見てるからそういうことが言える。

オハナツミもその描写がちゃんとあって、「首から摘まれて消えてしまう」という現象を恐れている人に「自分だけ目立とうとしている卑怯者!」と全く的外れな批判を浴びせる人の存在を描いている。
その人は他人を批判をしているつもりなんだろうけど、孤独を知っている人間には自分の卑しい部分をさらけ出しているだけに過ぎない。

そして、圧巻なのは摘まれる事を怖がっている主人公が選び神に摘まれる途端にみんなでルールを破って、「私の譜がふさわしい!」「認めない!」「アイツが選ばれるのはおかしい」と言って、飛びかかるシーン。

この描写を見たときに
「この作者は【孤独】・【絶望】・【人間の愚かさ】を知ってる人なんだなぁ。」
と思うのです。

この描写を「大げさだ」と笑う人には文学的なセンスなんてものはこれっぽっちもなくて、おそらくは学校で古典文学をやっても感動できなかったクチだと思う。
文学というのは人間の醜さを書いてなんぼ。それは自分自身のプライドの高さ、他人の安直さ、生きることにしがみつく図太さ、死ぬこともできない臆病…。

文学と小説とライトノベルの違いを明確にするとすれば、その「濃度」でしょう。文学であればあるほど、人間のひどい部分を書いて、ラノベっぽくなればなるほど、人間の勇気ある部分を書く。

だから、純文学は人生経験がないときに読むと平凡で平面的なお話に感じる。(その時その時に必要なモノを読めばいいから、それが悪いとは言わない。むしろ、文学ばかり読んでいれば、今度は人間のいい部分に気づけなくなる危険だってあるし、そういう無神経な気分で文学をたくさん読んでいる人間を私はよく知ってる。)

この同人誌を僕は「文学的なセンスを感じる」と言ったが、それはそういう見苦しさとか孤独・絶望を書いているからです。それが僕みたいに本当に孤独を知ってる奴には刺さる!

そして、刺さった痛みを叫ぶように、僕はこれを書いてる。

  • おまけ・漫画表現の話

僕は絵が描けないので、この話は「おまけ」です。本来、同人漫画を買う以上はその人の絵の善し悪しを語るべきだろうけど、僕の得意分野が演出や脚本なんでそっちの話に比べたら質が劣るので、あらかじめ「おまけ」と言っておく。

漫画表現として面白いモノとしては「選び神」の書き方ですね。ドロドロとした背の高い黒い塊が歩いてくる。ドロッとしていて顔がなく、自分の動いた方向にドロドロの液体が「慣性」してスれる。(残像みたいな感じで体から液体の後がある方向に引っ張られている。)

次に「選び神」を人間として、花を擬人化のままで書いたカット。選び神を怖がっていた主人公を見て、子供が花を摘むのをためらうシーン。これが花と人のままだったら表現できないのですが、人と人にすることで感情が伝わり合うところが描かれている心温まるシーン。

逆に、その主人公以外は擬人化した姿ではなく「花」として描かれている辺りも面白い。

表現したいことは「計算されつくしたあざとい【無意識】」なのに、漫画の表現は非常によく計算されていて『ここでこうなるのか、ああなるのか』と言うことをいろいろ考えながら読み返せるところがこの作品の魅力だと思います。

  • お礼(告知)

今回、同人誌を紹介する許可を下さった柊正さんには改めて感謝を申し上げます。

私のブログの微々たる影響力ですが、私が紹介することで柊正さんの評価が上がることを期待しております。

「柊正」さんのピクシブはこちら
http://www.pixiv.net/member.php?id=243106

オリジナルだけではなく、東方やボカロ・まどマギなどの絵もあるので、良かったら見に行ってみてください。


■関連記事
他にも、色々と同人誌の話を書いているので、そっちを貼りたいと思います。

・スターストリングスより つくしあきひと

http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20120112/1326373824

・千年墓所の守り人 つくしあきひと

http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20120115/1326637348

・アニメ見ててもいいよ thun2
http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20120118/1326888648