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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

アニメ評論【ベン・トー】7-12話/空間が描けている作品(少しピンドラの話もあり)

アニメ

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…誰が何と言おうと、著莪派です!

出遅れ感があるけど、やっていきたいと思います。

  1. 理由が説明できないアニメ
  2. 理由が必要ではないアニメ
  3. よく設定がねられたアニメ
  • 「なんで」がない作品

全体的には面白いのですが、原作ファンからは「改悪だ」という声や「監督と脚本は死んで詫びろ」と言ったヤジも一部では聞こえた。

その原因がベン・トーの「シリアスシーン」の描き方があまりよくないこと、説明不足で置いてきぼりな部分にある。

モナーク・バタフライ】も【ヘラクレスの棍棒】そうなんですけど、よく動機がわからないから感情移入のしようがない敵ばかりだったから「うわぁ…何か出た」程度の感想しかない。敵キャラではないけど、【白梅梅】も「なんだかわからんけど、理不尽で鬱陶しいキャラ」に収まってしまっているところがある。

例えば、著莪あやめや沢桔姉妹なんぞは「なんで出てきたの?」と言われると説明できるけど、設定がよくわからん部分が補完されていないから「なんでだよ!」って部分が多い。

他にも「なんで、半額弁当争奪戦にそんなにお店側が協力的なんだよ!!」とかね。(100歩譲って、殴り合いで取る辺りまではよしとしよう。だけど、お店側が赤字垂れ流してまで出来立てのうなぎを半額にしたり、プール上の弁当バトルまでやらせるかがわからん。)

Wiki読んでもわからんのが「ヘラクレスの棍棒」ですよ!自分の餌場から出ていったのだから、わざわざ電車で向こうの領地まで狼を駆逐しに来る理由が分からん!原作にはあるのだろうけど、傍から見たら「何こいつ?」って奴にみんなが言うことを聞く理由がわからんわけで…。

日本人はなんでを説明するのが苦手】と最近別の記事で書いたけど、このアニメの欠点はまさにそういう部分なのかな?面白い部分をその「なんで」が説明できないことで半減させてしまうところ。「歯の間に食べ物が詰まる」ような感覚。

製作者の事情から言えば、ラノベ・ゲームと違ってアニメは尺に収めるため、量的制限がかかる「アニメ化」は難しい】なんて事も昔言ったが、そこなんだろうなぁ。

  • わけわかんないけど(から)楽しい!!

だけど、面白さの根源も「なんで?」って問いたくなるような設定から来ている。

ツッコミどころ満載なところが面白い。

そういう意味では「考えるな、感じろ」系のアニメではあるわけで…。何しろ「なんで」を考えちゃうのが無粋なアニメなのだから「京騒戯画」や「輪るピンクドラム」みたいに理由があるけど、ぼやかしているアニメよりもずっと手ごわいかもしれない。

よくわからないから「笑える」という部分もあって、それを大真面目に「みんな貧乏だから、殴り合いしてでも弁当を取りたいような経済事情なんだ」などというシリアスを持ち込んだら、床に転がって弁当を食べて倒れる人ですらも「必死だなぁ…」と笑うところで笑えなくなってしまう。

そこらへんのバランスから言うと、このアニメって解説したり、評論する事に向いてない作品ではある。(※これを読んでくれているみなさんには非常に申し訳ないけどね。)

本来なら、輪るピングドラムの演出を「あれが銀河鉄道の夜」で…みたいな話をやったほうがブログいいのだろうけど、ピングドラムって複雑そうにみえてすごく単純なアニメだからあまり語りたくないんですよね…。

(ちょっとだけ脱線します。)

輪るピングドラムの解説(ちょっとだけ)
モブや林檎や存在だとかというものでぼやかしているけど、あのアニメって「大げさ」にやってるだけで、はっきりと言えば別にどうという話でもない。結局、自分や他人というものをどうやって認める・肯定するかという話です。運命だとかピングドラムだとか、あらゆる演出や例え話が本質をぼやかしたり尺を伸ばしたりしてるけど、結局は「思い込みに縛られず、自分のことを必要としている人に気づき、大切にしなさい。」ということに尽きる。

ピングドラムっぽくピングドラムを解説すると「自分や世界への思い込みや疑い」がああいうまやかしを作っているんだよね。モノの見え方の問題。仕事・恋愛を「機会」と捉えるか「面倒」と捉えるか、家族を「呪い」と取るか「絆」と取るか。

紙の表裏や、色めがねの話ですよ。世界がいつもより暗くに見える?そりゃあんた、サングラス付けてるからですよ!!…そういう話。自分や他人や過去に対して否定的・偏狭的な物の見方の連中ばかりがメインキャラで出てくるのはそういうこと。

世界を変える?壊す?…いや、変わりたいのは自分自身であって、それは何かを壊したり、犠牲にして得られるものじゃないんじゃないの?ももかなのか、ひまりなのか、神様なのか、思い込みなのか?それがなんであれ「それに認められる自分になりたい」って話がピングドラムなんじゃないの?

それだけ。

(脱線終わり。軌道修正します。)

ベン・トーの場合は同じもの、事を紙の表裏として見方を変えているのではなく、僕らが生きてる似ているパラレルワールドの中で僕らとは少し違う常識を「佐藤洋」というキャラの目線で見てるという話。

紙の表面だけだから、かえって面白く見える。つまらない部分・考えると面白くなくなる無粋な部分を省いているから、別世界の常識として「なんじゃこれ!」「アホだろwwこいつら」と言いながら楽しめる。
物事のどの部分を見せることで盛り上がりを見出すか?ピングドラムみたいに「突き詰めた先」なのか、ベントーみたいに「横の広がり」なのか。

そこらへんの違いに着眼しながら見るとあの作品は「絶妙なバランスの上にあるんだなぁ」と思えてくる。

  • 「空間(パラレルワールド)を描いた作品」

ベン・トーを見ていて「面白い!」と思ったことは「友達の友達」みたいなモノを沢山描いていること。

エロゲーじゃないけど、「主人公が中心」の相関図で、他のキャラ同士の絡みがないというパターンの作品って意外と多いと思う。同じ今季の作品で言えば「僕は友達が少ない」が典型例。例えば、幸村というメイド服のキャラクターがいるのだが、アレは主に小鷹か夜空との絡みしかない。同じ部員が沢山いるのに、小鳩や星奈とは絡まない。夜空もそうで、星奈か小鷹とはよく絡んでいるのを見るが、ほかのキャラを部員として確保した割にはほとんど自分から話さない。

一番有名なのは「涼宮ハルヒの憂鬱」ではないかな?主人公目線を強調していることもあり、主人公以外の相関図が余りよくわからない。


ベントーはその点でスーパーに来ている人同士ならば、サブキャラまで主人公もしくはそれ以外との絡みがある。象徴的だったのは12話で槍水・佐藤以外の連中がみんなで弁当を食べているシーン。
狼同士が仲が良かったり、白梅さんが他の生徒と絡んだり、あせびが弁当箱を持って、ハーフプライス同好会の部室に来たり…。

他のアニメに比べると主人公を強調した作品というよりは主人公と横軸(同じ時間上)に繋がっている「世界観」全体を書いているユニークな作品だと思いますね。

ベン・トーの設定を見た時に「新しい常識を創作するなんて…その発想はすごい」と思ったが、このアニメに限って言えば、常識だけじゃなくて人間関係が作りこまれているところも面白い。

薄い本(二次創作)のネタじゃないけど、ベン・トーの魅力はその「幅の広さ」なのではないかな?二次創作が多い「東方プロジェクト」みたいに「こういう設定になってるから、こんなこともこの作品内ではできるのではないか?」という空想がしやすい作品ではないのかな?

そう思うと楽しみ方も、原作・アニメの見方も非常に柔軟で多様なものになるのではないだろうか。


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