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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

アニメ評論【僕は友達が少ない】5−8話

アニメ

言いたいことを言う。その時は心を込めて言う。 (甲本 ヒロト)

当たり前のことなんだけどさ…これができてない事、都合のいいときだけ「心」を持ってこようとする人、「心」の鍛え方がなってなくて「心」が届かない人…そんな人達が世の中にたくさんいるから人は夢を叶えられないし、夢に本気で向かっていけない。
「好き」や「愛してる」だけを本気で叫んではいけないよ。「死ね」も「嫌い」も本気で言わないと、愛情も祈りも…言霊は育たないんだ。

記事の内容

  1. 「心がない」アニメ
  2. 「原作はがない」の本当の魅力
  3. 「文字」と「文明」
  • うわべだけの作品であって、それ以上の価値がない

結論から言うと、僕は相当アニメ制作陣営を攻撃する。

はっきり言って、この記事をうつ病でアニメ作りを辞めざるをえないぐらい追い詰めるかもしれない。だけど、僕も的外れな批判はしない。原作を全部読んで、評論を書いて、SSまで書いて「はがない」で脳みそを漬け込んだ。安直に「つまらない」という批判は無視できるだろうけど、一生懸命読んだ奴が胃を焼くようにじわじわと攻めていくような事があれば、それを無視することはできまい。…それが僕の評論です。


と、啖呵を切った矢先にこういう事を言うのもアレですが、…アニメとして相当作りこまれていると思う。

アイキャッチやゲームのパロディー、ブリキ絵をアニメに落とし込む作業にしたって、良くできている。提供の間に入るTシャツのなかにアニメーションを盛り込む手法。…ハリーポッターに出てくる魔法の写真を彷彿させるようなあのTシャツは素直に感動しました。

…じゃあ、何がダメなのか?作品として、成立していないんですよ。アニメーターというお仕事は元々分業制ですから部分的にいいところがある、ないというムラや個性が出るのは当たり前。だけど、この場合ひどいのは脚本とか作品のコンセプトと言った企画部分、それからパロディ・オマージュパート以外の絵コンテ。

これらが非常に安直で、面白くない。どう面白くないのかというと、はがないという作品をちゃんと理解できてないままにこういうものを作るから、割と簡単なところに落とし込んでしまおうという安直さが見受けられる。

どう安直か?実は一番人気のキャラクター柏崎星奈の出番というのはもっと少ない。そして、ハーレムモノのような構図である作品だが、実は原作に限って言えば見た目ほどハーレムモノっぽく構成されていない。夜空はもっと冷たいし、肉こと星奈もまた自分が好き勝手やっている感じでほかのキャラも同じ。

それをよくある萌え豚ハーレムモノに落とし込んだ感じに仕上げた。7話のラストシーン、星奈にメールがたくさん来るパートだが…あそこで夜空をあれほど強引に性悪女にするような演出は原作にはなかったし、わざわざ付け加える必要もない。 8話についてもあれでは夜空と理科だけが自分勝手に機嫌を悪くして帰ったようで非常に後味が悪い作りになっているが、メールを受け取っただけで見送る演出はない。

そもそも論として、脚本家と企画者の何割が原作を読んでいるかが聞きたい。原作よりもマーケティング戦略で「どのキャラが人気か」とか「今オタクには何がうけるのか」というリサーチで作られていて、オタクが最も大事にするものが感じられない。それは【原作に対する愛】であって、ここのキャラ萌えとかテンプレートに反応しているのではない!!むしろテンプレートっぽくして、没個性化させてしまうような企画にするほうがかえって失敗を招く。

テレビ屋・広告屋にはコミケという現象が理解できてない。ニコニコ動画、東方・ボーカロイド・実況プレイ動画などの派生作品という現象を正しく理解できていない。なぜ、法を触れるようなギリギリの分野に時間を費やし、ほとんどのサークルが赤字になることを承知で作品を作るのか?(※ニコ動については全く金にならない。一部の歌い手だけエイベックスがバックにいたおかげでデビューする機会を得たが、ほとんどは無償で創作。)そして、参加者も参加者であのように人ごみだらけでサービスの悪い即売会に行って何が楽しいのか?

広告屋の脳みそで考えれば「絵がうまいなら漫画家のアシスタントやアニメーターを目指せばいい」と思うだろう。確かに、そのほうが合理的だ。同人誌を専門に売ってる自営業みたいな人がいるがその人は作品がパソコンで不法に読まれて、機会費用で言えば自分の売上の倍は損している。

だが、テレビ屋・広告屋の連中がアニメを本気で放送したいなら、外郭のリサーチではなく作品の思い入れや独自の解釈を持ってそれでどうやったら企画をどうすると面白くなるかを考えないといけない。…マーケティング戦略の限界でこんな例を紹介しよう。

以下の画像は私の思い出深いラーメン屋の逸品だ。…さぁ、問題だ。このラーメンの味はどのようなものか想像してください。

…これを2chで見た際には皆「マジキチ」「こんなもん食えるか!」と言っていた。だけど、実はこのラーメンには仕掛けがあって、女性のリピーターもいる。というのも、ラーメンの作り方を常識で考えたら、タレと油を器に入れてから、ダシを入れて麺を入れて具を載せる。ここまではラーメン屋に一回行けばわかると思う。

だけど、ここからが面白い。このラーメン屋の場合は実は油の代わりにこの背脂の粒しか入れない。だから、食べてみると以外にあっさりとしたラーメンになっているから驚く。(器を手で触れないという欠点はあるが、食べてみないとわからないのがこのラーメンの面白いところ。)←お店は下のところに貼っておきます。

平太周 味庵

食べログ平太周 味庵

話を戻そう。私が「僕は友達が少ない」のアニメ版を見た時に感じたことはこのラーメン屋の味を知りもしないで「マジキチ」「油っこいだろうなぁ」と連呼する2chネラーの姿をみた時と同じ感覚がする。

自分達の常識とかリサーチ結果とか…そういうのってどうでもいいんだよね。(俺がTBSの社員ならそういう資料はかなぐり捨てるね。かなぐり捨てて朝から晩まで企画が立ち始めたところで原作をとにかく読み始める。)

TBSはまよチキ、それ街、けいおんにもシリアス要素を持ち込んで失敗している前科、原作解釈がちゃんとしていないためぐらついた作品が作られた前科がある。

特に萌狙いがひどくて、1話からもう萌狙いのカメラアングルがひどすぎて目も当てられなかった。おまけに作画も人気の肉を全面的に出したい気持ちはわかるが、これも酷い。

かつて、手塚治虫がアニメを作っている際に、ブラックジャックの歩き方だけで書き直しを連呼したというお話があって制作担当が理由を聞くとブラックジャックはこんなふうに歩かないのですよ」と言ったことがある。(出典・ブラックジャック創作秘話)

僕の今の気持ちがそれ。アニメ見ていて、「これははがないじゃない。同人作品がはがないの名を借りて、別の作品として暴走しているに過ぎない」と言いたくて仕方がなかった。萌作品にしているから、言わせてもらうとブリキ式のおっぱいの描き方は肉が下に行くほど垂れてぶら下がっているような重さのあるおっぱいなんだよ。(原作持ってる人は星奈のおっぱいの描き方を凝視して欲しい。)

僕は巨乳の女と色々あったからこのブリキ式おっぱいの描き方はすごく正しいと思う。僕はブリキさんが男か女かも知らないけど、これだけのおっぱいがかける絵師を僕は他に知らない。
…巨乳っていうのは下からゆっくりと手を当てると重さと弾力が手をゆっくりと跳ね返す。乳は体の揺れより大きく揺れない。…アニメの星奈のおっぱいの描き方はね、あれじゃ「綺麗な巨乳」じゃなくて「おっぱいオバケ」だよ。

いや…萌え絵の絵師は彼女作るか風俗行って胸の質感を学んだほうがいい。(女だったら、一人で揉み散らかしてらばいいけど…)ブリキさんがどうやってあの質感の出し方を会得したかは知らないけど、ブリキ絵の最もいい所を8話では潰してた。特にひどかったのが小鳩の目の前で巨乳が当たるシーンだけど、おっぱいって丸くないんだよ。

ブラで寄せてあげていたとしても、ブラの下の方に一番肉が貯まる。まして、巨乳の場合はあまり押さえつけると圧迫感があるから、下着の覆う部分はパーセンテージで見れば狭い。だから、下にたれ目にして書くのが正しい。(星奈が猫背なら別だけど、そういう書き方もされてなかったし…。)

…いや、最低限度俺ぐらいおっぱいが語れる変態にアニメ作って欲しいわ。俺なんかオタクの中じゃまだ優しい方だよ。もっとうるさい奴は実際におっぱいのかき方講座を始めかねない。

  • じゃあ、アニメ版はがないはどうすれば面白くなったか?

ほぼ原作通りやったらよかった。ただ、演劇やリレー小説のパートは問題があるから改変する必要があるだろう。

しかし、はがないの原作の面白さは
1、時間通りになぞってあるため、無駄な話がほとんどない」
2、例え読まれるようなベタな展開であっても一番面白く納得のいく展開にする」
3、キャラクターのブレがほとんどなく、嫌なこともいいこともそれぞれにそれをする理由の説明がつく


細かく作品を語りたい人は僕のブログの「ラノベ評論【僕は友達が少ない】シリーズまとめ」から、各巻の解釈を見てください。ここではアニメを見るのに十分な程度のお話しかしません。(本気で語ると1刷本がかけちゃうので。…まどかマギカを100人で語る企画があったようにはがないを100人で語る企画があったら、絶対に俺は呼ばれてもいいと思う。)

100人がしゃべり倒す! 「魔法少女まどか☆マギカ」

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親切に時間軸を設定してくれているのだから、その時間軸の中で運用する。その中でパロディーやアイキャッチに手を込めば誰も文句は言わないし、見ている人も不快感無く見られる。

1クールに収めるのがきついという人がいるが、1−3、3−5、5−7と言った感じに切り目がちゃんとついているのだから1クールなら1−3の切り目に従って、表現規制にかかりそうな部分だけを別のものに書き換えたらいい。ラノベ1巻辺り4,5話あればアニメとして完結するのだから、さほど無謀でもない。

どうしてもはみ出るならDVD特典として1話ぐらいはみ出す感じにしてもいい。(前例はいっぱいある)「主人公の一人称目線だから情報量がたりない?」足りないものを書かない表現技法なんぞいっぱいある。例えば、涼宮ハルヒシリーズみたいに一貫して主人公にナレーションもさせて、目線も全部主人公にするという路線を追求する。むしろ、ハルヒから影響を受けた作品なのだから、最も親和性が高く、安定した面白さが出せる演出は本来そっちであるはず。

1−3話のアニメ化をするとしたら、押井守作品的な「最後にこのシーンが来るぞ」というワクワク感を残しながら見ることができる。まぁ、居ないと思うが60代で僕のブログを見ている人は水戸黄門を思い出してもらうといい。(60超えの方が学生のこんなブログ読んでたら相当ヤングだと思うね…。)

「最後にこういう盛り上がりがあって、そこに向かってストーリーをあっためていくんだ」

というフラグを常にちらつかせ続ける。原作の場合はこれができた。アニメの場合は夜空の目線を使ってそれをやったり、短髪の女の子が男の子が公園で喧嘩しているモブを仕込んだらいい。(ちなみに、これもハルヒの図書カードの演出から僕が思いついたもの。)モブに会話させてもいいね。

ラノベが人気がある以上、その人気の秘密にちゃんと迫って作品をつくらないとアニメ化されてもかえってひんしゅくを買う。そりゃ、一時的には原作は売れるだろう。だけど、二期三期の展望を持たせながら作らないと、ラノベ・漫画のアニメ化なんて糞ほどの価値もない。

だから、はがないの1ファンとして、このアニメ化は真っ向から否定するテレビ屋がサラリーマン的にやっつけ仕事で作ったアニメのDVDなんか頼まれても買わないし、タダでももらわんよ。

  • 「言霊」文明論

世間の方々には「たかだかラノベの話に文明論を持ち込むな」と言う人がいるだろうが、たかがラノベだと思って書いている奴も、評論書く奴もいません。

それに何かしらの価値を見いだしているから、僕はラノベも真面目に読んで、面白い作品なら「これは素晴らしいから読みなさい」とブログの威信にかけて宣伝するし、つまらないなら「こんなの読んじゃいけません。この作者はここがわかっとらん」とブログの威信にかけて原作者との殴り合いの喧嘩に出ます。

「言霊文明論」と小見出しに書いたが、これは文筆家ならどのようなものでも同じだ。結局のところ、読み手を感動させたり、共感させたりするのは単に「正しい」とか「面白い」とかそういうことじゃないんだ。

どれだけ真面目にやってるかという事なんだよ。

ある動画の投稿者は動画の冒頭で「あなたの時間をちょっと頂戴」と言う。時間とはお金や選択肢そのものだ。それを僕のブログに費やしてくれるというなら僕は常に「時間を奪ってごめんなさい」という感謝と謝罪の気持ちをもってブログをかかないといけない。

ブログやアニメの話に限らず、どの商売もそうです。その言葉に信用や誠意を感じさせる真面目さがなければ、それは時間の無駄というものです。

人間は理性をもった生き物でありますが、感情によって行動指針を決める生き物です。自分がどうなっていたいか、どう有りたいかを感情で決め、そこに理性を後付する。あるいは考える要素として理性を使い、よさそうなものを感情で選ぶ。

どちらにしろ、感情が人間なんです。理性だけじゃ人間は出来ない。その理屈に、その作品に、その提案にどのような気持ちを込めているか、どのような事がやりたいという汗が見えるかが人間の価値です。

僕は友達が少ない」という作品がどうしてこれほどヒットしたかを文章を表面的に読んでいる人にはきっと「萌えがある」とか「幼女が出てくる」とか「ブリキ絵が可愛いから」で終わるんでしょうね。

ブリキ絵は確かに可愛い。それは認める。だが、ブリキさん一人でこれだけのイラストができたとは僕には到底思えない。この原作があって、それをちゃんと読み解く能力があったからブリキさんはあのイラストがかけた。

つまり、原作者が素直にキャラクターや好きなモノを表現したから面白いんです。逆に2巻当たり何かは苦しみも垣間見られるような詰まった部分も出てくる。作者が素直に文字で気持ちを表現できる。僕は言葉を知っていることよりも、いい設定を作ることよりも、ずっとすごい才能を作者がもっているから「僕は友達が少ない」という作品が面白いのだと信じています。そして、そういう文字がかける人間のことを尊敬して僕も自分の思ったこと、やりたい事を素直に書きたい。自分の書きたいことが文字に落とし込むときに濁ってしまっては、誰も読みたくなくなる。

…人間だってそうなのです。平安時代に文通で恋愛した若き男女がなぜ逢うまで姿を知らない人をこれだけ愛せたのか?ある一定の教養を超え、ある一定の文字を真剣に読んだとき、人は文字で気持ちを意のままに表現し、文字を読むだけで・声を聞くだけで相手が何を思っているかがわかるようになる。


それが、文明の最高到達点だ。優れた科学技術でも、コンピューター顔負けの処理能力でもない。人間自身の本能である「感情の読み書き伝え」ができるようになることこそが人間という生き物の最も尊いことなのではないでしょうか。


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