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かくいう私も青二才でね

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ラノベ評論【僕は友達が少ない3巻】/愚直なまでの愛情の物語

ラノベ

アニメのペースがすごく早いので、【先回りする気なら早く読んでおかないと!】と焦って3巻まで読んでしまいました。(これで一ヶ月は安泰…のはず。)

ネタバレ…にならない程度に話しておこう。僕は友達が少ない(はがない)は1巻の面白いと思った人は必ず3巻までは読んでください。3巻まで読むと収まりが良くなるように伏線が収集されていきます。

僕は友達が少ない〈3〉 (MF文庫J)

僕は友達が少ない〈3〉 (MF文庫J)

記事の内容

  1. はがないとオフ会
  2. はがないと涼宮ハルヒ
  3. はがないとテレビ番組
  • オタクのオフ会、文字起こし

1巻から、パロディーネタが多くアニメやゲームを知らないと「この小説面白いね」と言えない所がありましたが、3巻では完全にオタク同士のオフ会に参加したような感じです。

これまでの評価(良し悪し以前の「大枠としてのイメージ」。)
1巻では「オタ小説の皮を被った面白い漫談」
2巻では「設定から会話の中身までオタクが書いた小説」
そして、3巻は「もう、オタ小説でもない。ただ、オタクっぽい人が集まってワイワイ遊んでいるのを眺めているだけ」というのが私の評価です。

オタクのオフ会の様子とはどんなものか?政治・経済の記事で私を知ってこれを読んでいる人も居るので、簡単な説明を加えておきたいと思います。
オフ会というのは、インターネットでメンバーを募って遊ぶ事です。元々知り合いの場合もありますが、趣味や思想信条・居住区が近いだけで本名すら知らない人同士で集まることも多いのです。
この場合は「オタク趣味(アニメ・ゲームなど)が好きな人達が一緒に遊ぶ」ことですね。
昔からの知り合いなら「お前、仕事はどうだ?」とかそういう話も出るでしょうが、オフ会は基本的趣味の会ですからもちろんオタク文化に関する話が中心になってくる。

はがない3巻はオタクのキャラクターが3人、子供が一人いるため、半数以上がオタクネタや独自の性癖談義をし出す事で、台詞や会話が混沌としている。
だから、何かにつけて「エロゲみたい」「変態ですが何か?」「私の邪気眼が…」という感じの会話が出てきて、普通の読者としては『はぁ?』といわざるを得ないような事で盛り上がっている。(一応、ライトノベルって中学・高校生も読むから18禁のエロゲに関する知識は(建前上・常識的に)ないわけだ。)

さらに、はがないの1巻で隣人部を作ったコンセプトである『まともな友達が欲しい』という内容よりは『あいつらの気持ちが全然わからん。』と皮肉るような内容にシフトしているところが感じられる。
Amazonで「僕は友達が少ない」一巻を読んだ感想の一つに「なんの努力もなく、ただ漠然と友達が欲しいというだけ」という言い方をした人がいた。しかし、3巻ではだんだんとそれすらも言わなくなってきた。

学問っぽい言い方をすると「隣人部という共同体が形成され、ハブられものの隔離施設としての役割を日に日に鮮明に出し始めた。2巻まで同族嫌悪し合って外向きだった人間同士が、そこに来たハブられもの同士が内向きに付き合い始めた。」というところでしょうかね?

そのせいで「ハーレムノベル」っぽくなってきましたね。他の人同士が仲良くなるという描写は少なく、ひたすら女の子達から主人公小鷹が絡まれるシーンがいっぱい出てくる。出てくるが故に他の作品でも見かけるようなベタなシーンが増えて「こういうのが好きなんだろ」という作者のドヤ顔が見え隠れし始めてきた感じは否めないけど。

Amazonのレビューにも、私がTwitterでつぶやいた事でもあるが、「劣化版涼宮ハルヒシリーズではないのか?」という始まり方をし、その後もそう思わせる展開が続く。

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)


「盗作」というほど似ているわけじゃないけど、小鷹と夜空と星奈の関係が、ハルヒ・みくる・キョンと近いなぁ…とある程度両方の作品に通じている人は思うはずだ。(はがないを3巻まで、ハルヒシリーズを「消失(4冊目)」まで読むと僕の言いたいことはわかると思う。)

本質的な話をいえば、はがないの「隣人部」、ハルヒなら「SOS団」という活動内容が特に決まってない部活を作った理由って実は同じなんです。

「恋人というと照れくさいけど、一緒には居たい。できれば、自分の前で・自分が仕込んだことで笑っていて欲しい。」

最大限の愛情なんだよね…。なんでそこまでするほどの愛情がこの二人にあるかという事情は原作に譲りますが、言いたい事は「純粋な愛情ほしさ故の行動」なんだよね。何か連れを利用して「俺の恋人はこんな美人だ」「彼女いたらHが出来るじゃん」っていうのは夜空から見てもハルヒから見ても不潔極まりないし、それを恋と呼ぶ事すらも「悪」なんだよね。(肝が座っている両者が下ネタを避けたり、肌を晒す事を恥ずかしがる描写があるのはこれが原因)

ここまで言うとはがない・ハルヒの両方の読者はそれぞれの作品に疑問を2つ思うはず。

Q、「じゃあ、主役とヒロイン以外の役は彼らにとってなんのためにあるの?」
A、え?便利だから。お金がある人、言うことを聞いて気を使ってくれる人、ちょっと変わった遊びを持ってきてくれる人。たったそれだけ。便利にお金とサービスとハプニングだけを供給してくれる人を求めているが、主人公の好感まで持ち去るキャラが居るから虐められるキャラがいる。

面白い共通点としてヒロインに虐められる女キャラの共通点は「巨乳」なんだよね。明らかに深読みな憶測をすれば、胸をチラッと見てニヤける男・テレビのアナウンサーを「かわいい」といいくせに自分に可愛いと言わない夫をにらむ奥さんの姿が思い浮かぶんだけど…


Q、「彼女達にとって部活が【愛の巣】なら、目的は達成されないの?」
A、されない。というよりもむしろ、されると困る。夜空に女友達ができれば、「あんな怖い男と一緒にいるとあなたの評判まで悪くなるわよ」と言われる。ハルヒも同じで、もしも超人の友達ができれば、「良かったなハルヒ、もう俺は御役御免だから谷口や国木田(及びその他の自分の友人達)と楽しく過ごすよ」で終わってしまう。

恋人にならない事、笑顔と時間以外の見返りを全て捨てた彼女達の選択を無に帰す天敵が【部活における成功】という矛盾が作品の深みになってくるんだと思う。だけど、そこまでして築いた【愛の巣】にも終末があって、それが「部活の引退や大学への進学」なんだよね。

達成されないために作られた目的で活動している部活動に愛する人を連れ込んだことはとてもじゃないが、言えない。いや、そもそも論を言えば『あなたと一緒にいたいから私は愛の巣として部活をつくり、私とあなたに奉仕させるために部員を集めた。いや、私自身もあなたに部活を作ること・楽しませることで奉仕している。』と言われたら、よっぽど図太い神経の人じゃなければ、重たいと思うだろう。

ハルヒ・はがないの共通点として「自分が愛しているから採った行動を気づかれてはいけない、そして自分は愛されてもいけない。」という矛盾だ。

この矛盾の根源は日本の『高校生』という立ち位置の矛盾から来ている。(海外は成人年齢が違うから若干事情が違う)
高校生というのは昔で言う元服で肉体的にも感情的にも大人。だけど、法的・経済的には自立した存在として認識されていない事から相手を愛していていれば居るほど、「恋仲」という選択肢の方が間違えになる。むしろ、「友情」という方が長続きし、一緒にいたいという目標も達成できる。

ハルヒも夜空もその判断をした。大人と違ってどれだけ愛し合っても(夫人として)責任の片棒も担げないし、愛の巣も作れない高校生という矛盾した年齢が【一緒に活動する部活を作る】という選択をさせた。愛されたら、恋人になることを要求され恋人になれば、その時から別れるタイムリミットが出来ていく。部活動という引退する時間が決まっているところとは違って、恋人はいつ別れるかわからない。おまけに部活で仲良くなれば、その後も一緒にいられる可能性を留保できる。しかし、恋仲は一度壊れると顔も合わせるのが嫌になるため、復縁は難しい。

愛しているからこそ、一緒にいたくて・楽しませたいという反面で、達成できない目標を追うという道を選んでいる。

その伏線はハルヒの場合はキョンが超人達の正体をばらしても「ふっざけんな!」と信じてくれなかった事にある。あれはキョンを信じていないことよりも「冗談じゃない。そんなことは困る」という意味も意識か・無意識か含まれている。はがないの友達作りも内向きに部員同士が仲良く・あるいは(揉め事も含めて)濃厚に付き合い始めた理由は「興味を集中化させないと離れていく」からだ。

ハルヒは自身が神になることで相手を制御し、はがないの場合は小鷹に友達ができないような身体的特徴を付け加える事で男に「愛を受け止める」という選択肢を歩ませるようにしているという辺りも似ていますね。

違うのは刺激の中に投げ込んだハルヒシリーズと、ぬるま湯の仲に投げ込んだはがないという部分で、投げ込んだ人の意図するところはすごく似ている。

  • テレビ的演出法とはがないのマンネリ

1巻について「はがないはお茶の間トーク番組」みたいだと思ったし、未だに思っていうのだが、3巻を読んで確信したことがある。「はがないはテレビジョン」なんだ。

…意味がわかるようにいえば、「画面の向こうの世界で、そこに現実性が伴わない・伴う必要すらもない」作品なんだ。

私をテレビ局に雇ってもらえるなら、私はドキュメンタリーにせよ・バラエティーにせよ必ずストーリー自立てにする事を重視する。
理由は登場人物への「思い入れ」を作り出せないから。

はがないの作品を読んでいて、ストーリーの起伏がない事・話の中身が薄くただただ笑いとオタネタの羅列になっていることで2巻では何度か「読めない」と思い、三巻では「飽きた」とつぶやくにまで至った。

キャラクターに対する設定があってもストーリー性がない。

島田紳助という男は自らのバラエティー番組の中で「流行るタレント」を作る名人だ。その、紳助が応援した代表的なタレントに上地雄輔矢口真里平野綾がいる。家の母が羞恥心で有名な上地雄輔について「アホだけど、若いお父さんとして、厳しい世界で頑張っていることに感銘を受ける」と言ってヘキサゴンの視聴者でこそなかったが、彼エピソードを聞くやいなやファンになった。

矢口についてもドラマが作りやすい。モー娘。という名前を覚えてもらう・目立つ位置で踊るだけでも競争の世界で勝ち上がり、アホの子だけど懸命に頑張ってきたから司会・タレント業で生き残っている。平野もそう。「アイドルになりたい」と思い続け、声優で成功を収めた。その後、その声優ファンに嫌われながらも「音楽・タレント・アイドルやりたい」というドラマを作る。

紳助の番組というのはこういうストーリー性が重視されたキャラが居る(作る)から人気が出た。ちなみに、キャラではないが「開運なんでも鑑定団」なんかも「お宝(作者)のドラマ」をやたらと細かく紹介するという意味では「ストーリー性」はあるよね?(番組内容とは特に関係ないが、どういう人間か知っていると親近感が湧いて、彼らの身の上話を聞いても悪い気がしない。)

逆にお笑い芸人達が身の上話をするだけの番組がネット・お茶の間で叩かれるが、これは何者かわからん上に「芸人」を名乗っていながら芸をしないからだ。(バラエティーもそうだが、スポーツもそう。ナデシコジャパンの人気の理由はフリーターしながら世界一になったというドラマがあってこそ。)

はがないもキャラクターに応じた台詞を台本通り読んでいるように感じるだけの平面的なシーンが9割ぐらいを占める。もちろん、台本の中にも伏線はあるが、キャラクターに変化を及ぼす・キャラクターのセリフの根拠を知る部分が少ないため、視聴者としては「台詞が面白いか、つまらないか」で9割の部分を評価せざるを得なくなる。

「ヤラセをしろ」と言いたいのではなく、設定を作ったからにはその設定に対する「何で」がないといけない。

3巻まで読んで「なんで」が分かったのはヒロインの夜空と、主人公の小鷹、日々刻々とキャラを変え続ける星奈(もう一人のヒロイン)のみであるため、2巻・3巻で出番が多いマリア・小鳩・理科・幸村のシーンは「ダラダラ」した感じになる。

マリアが何で10歳で教師をやっているかとか、小鳩は兄さん以外の世間(学校とかマネしているアニメ以外のオタクネタ)の部分についてどういう事を思っているかとか、理科が天才少女として普段何をしているか(なんで隔離されているのに、天才キャラ?)と言った疑問に答えて欲しいのだが、そういうことをそっちのけで見覚えのある身内話をはじめるから彼らに対して魅力を見いだせないし、行動に対してほとんどが疑問の対象になって、素直に飲み込めない。

Amazonに於けるはがない1巻の評価は好き嫌いが大いに別れているが、嫌いな理由がそう言った「中身のなさ」から来ている。中身がないというよりは「興味」を作り出せていない。
邪気眼中二少女・男の娘・痴女・巨乳ツンデレ・ロリとオタクが好きそうな連中を揃えたが、彼らがなにものなのかわからない・追求しないため、その作品への興味が湧かない興味がないから、違いの見出しようがない。

はがないは1クールなら4巻ぐらいまではアニメ化されるでしょうから続きを読みます。だけど、読んだ時に「何で」が書いていないまま内容のない身内ネタの羅列だけが続いているような展開ならば、こちらもうんざりせざるを得ないし、「人気のラノベはオタクによる脳内妄想とパロディーの塊か」という話で終わってしまう。それは個人的には避けて欲しいですね。「3巻までは面白く、それ以降はマンネリ」というレスを読んだことがあるが、本当にそういう空気があって怖い作品だった。

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なんか、公園って中学・高校時代にはよく行ったけど、それ以降めっきり行かなくなるイメージがあるのは俺だけかな?

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