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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

アニメ評論【ベン・トー】1‐3話/≪ネットで見るアニメ≫の輪郭


ここ最近、超が付くほどクソ真面目に社会派記事を連発してきたので、私のブログを炭酸飲料片手に見ていた連中から
『いや、アニメの話をそろそろやってくれよ。お前のはてブ最高記録はアニメなんだろ?』
とツッコミが入りそうなので、やりたいと思います。(※本音はどうしてもアニメネタの方が努力が報われやすいから。検索エンジンがどれだけ全力で政治・経済を書いても記事を拾い上げてくれない。)

今回は今季最大の(色んな意味で)当たり作のベン・トーについて語りたいと思います。

記事の内容

  1. あらすじ
  2. 今季最大の話題作
  3. ネットでアニメを見る輪郭
  4. 良い矛盾・悪い矛盾
  • あらすじ

スーパーで殴り合いして、半額弁当をルールの範囲内で奪い合うアニメ。セガのゲームが大好きな佐藤洋と女オタクのネジが飛んだ感じの白粉花が何も知らずに弁当争奪戦に参加したことで物語が始まり、弁当争奪戦で無敵の強さを誇る【氷結の魔女】こと槍水仙の指導を受けて弁当争奪戦に参加するようになる。

見たい方は一話をどうぞ

  • 色んな味が楽しめる幕の内弁当のようなアニメ

アニメ見た方・あらすじを読んだ方は「このアニメの中で法律やマナーはどうなっているのだろうか?」ということを気にかけたり、『これはグンマーや福岡・大阪民国などで怒っている戦争なんだ。我々には関係ない』とネタにしたりする思うが、私もその一人だから、ご心配なく。

根本的な部分を大胆に変えて、それをあたかも自然現象のように流していると【ああ、こういうものなのか】と言ってアニメの視聴者にワクチンといいますか、抗体といいますか…慣れるのです。

慣れた上で、このアニメを見ると様々な要素が詰まっている作品だということに気付かされる。

エロ混じりの萌え弁当争奪戦というバトル明らかにツッコミどころ満載な事を真面目にやるギャグ弁当や食べ物、あるいは争奪戦に対して考えるメッセージ性(哲学)っぽい部分とこのアニメはいろんな側面から語ることができる。

萌えアニメの要素も持っているが、バトルモノの良さもうまく受け継いでいるという意味では最近のアニメのダメな部分をうまくフォローしている。

手の込んだ弁当を家族のために作るお母さんは弁当を開いた時の色合いに気を使っていると聞くが、このアニメにはそういう綺麗さがある。弁当の中に色合いはもちろんとしていろいろな味があるように、どこかに偏る事なく、笑いもいい話もかわいいも入れてこられる部分がすごい。

  • ネットで見るアニメ像が出来てきた?〜ORという新しいジャンル〜

2011年の夏アニメをまとめた際に私は「アニメの役割が変わった」という付録を書いたところ、付録が人気になってはてなブックマークを9つも頂いて、はてなブックマークのトップページの新着部分に少しだけ載ることができました。(ブログ始めて以来二度目の快挙なので興奮しました。)

【2011年夏】アニメ評論まとめ/アニメの役割が変わった。

この記事の中で私は『アニメを共有して、みんなで(二次創作やコメントなども含めて)楽しむという見方に変わってきた』と言ったが、そのアニメの共通点ができてきたように思った。

ベン・トーと同系統のアニメを挙げると「戦国BASARA」や「ミルキィホームズ」があると思うが、実を言うとスタッフが一緒なのだ。BASARAのOVAで監督を務めた板垣伸さんは実はベントーの監督で、ミルキィホームズでシリーズ構成や脚本を務めたのはベントーでシリーズ構成・脚本を担当するふでやすかずゆき氏。

戦国BASARAミルキィホームズ、そしてベン・トー(それ以外ならそらのおとしもの天体戦士サンレッド)が系統的に似ているところはそれぞれにツッコミどころ満載な世界観の中で登場人物はそれに矛盾や違和感を感じることなく、大真面目に戦いを繰り広げ、ギャグにもバトルにも傾かずバランス良く普通のアニメみたいに様々な要素を提供するところだ。

天体戦士サンレッドなら「すごーく礼儀正しい悪の組織」であったり、ミルキィホームズなら超能力(トイズ)を使いこなす探偵・怪盗だったり、戦国BASARAは歴史上の人物の名前を持った全く関連性のない登場人物が一騎当千の戦いを繰り広げるなど、常識ではおおよそおかしい事が平然とまかり通るのがこれらのアニメなのです。(大真面目なことを言うと史実では本多忠勝は軽装で飛び回って戦っていたのだが、BASARAに出てくる本多忠勝は重装備でロボットみたいに電気で動く。)

90年代〜00年代中盤ぐらいのアニメはこういう作品は少なかった。(世界観に矛盾がないように、SFや社会派として完成されている作品として作り上げるモノが多かった。)

しかし、どこから増えたかはわからないが、誰でも知っているものを言葉の定義を変えてアニメ独特の世界観を作り上げて、「俺の知っているそれとは違う」とみんなが固定観念から入るツッコミどころを無視しながら突き通し、最終的には読者に「ああ、こういう世界観の中で起こっているお話なのね」と納得させてしまうものだ。(すごく有名どころで行くと鋼の錬金術師がそうだよね。錬金術の定義が似ているけど、微妙に違う。だけど、読者はわりと納得して読んでしまう。(賢者の石や錬金術の設定について独自の常識を創作してますよね。))

こういうジャンルをどう呼ぶのか知らないけど、ネットで流した時にコメントが多く寄せられ、それでいて盛り上がる萌えとバトルモノとパラレルワールドの混ぜものジャンルは今のところ高確率でヒットしている。

もし、こういう現象のあるアニメに誰も名前を付けてないなら私が「創作現実アニメ」と名付けたい。(仮想現実いう言葉がコンピューター用語にあるが、それに似せて作ってみました。形は異なるが、感覚や機能として似ている環境の事をVR(バーチャルリアリティー)というので、作品内の現実味(環境)を創作するアニメの事をOR(オリジナルリアリティー)と呼びたいと思うのだが…流行るわけないか。)

  • オリジナルリアリティーと、単に矛盾した作品の違い

私はAngel Beats!神様のメモ帳「設定・脚本として矛盾していてとてもあのアニメを賞賛するヤツの頭がまともだとは思えない」と言って、原作ファンとブログ上で喧嘩した事があるが、創作的な現実と矛盾している作品はどう違うのか?

非常に感覚的で言葉で説明しにくい所をお断りした上で、「画面の外の人達と違う、その世界の「現実味・常識」を持っているかどうか」というのが私の説明だ。

例えば、神様のメモ帳に於ける暴力団(任侠団体)という定義は決してその作品独自のものではない。抗争の解決方法に暴力を用い、様々なしのぎに手を出す。野球やニートについてもほぼ現実にある定義と変わらない。それに対して別の常識があるわけではないため、オリジナルリアリティーとはとても呼べない。単に矛盾している作品達は既存のリアリティーを用いて作品を作っているのだが、その既存のリアリティーをちゃんと守れていない。オリジナル(創作的な)リアリティー(現実味)とは全然違う。

神様のメモ帳9話を例にとって説明しましょう。
バッティングセンターに一度でも打ち込んだことがあれば、100キロのボールが素人には簡単に打てないことはほぼ誰でもわかる。バッティングセンターには暴投もボール球もないのに、みんなゴロばかり打っているし、空振りだってたくさんいる。ホームラン賞に中々当たらないのに、あのアニメでは配球読んだだけでホームランが簡単に打ててしまう。*1

一方、私が「オリジナルリアリティーという定義」を与えたアニメはミルキィホームズなら「探偵・怪盗」、ベントーなら「半額弁当」に新しい常識を付加している

ミルキィホームズならトイズという超能力を使いこなす事が探偵の条件になっているし、ベントーならば半額弁当は殴り合いで勝ち取るモノであり、スーパーで弁当をルール通り殴り合って取ることが基本的な常識になっている。(それをしない人は恥知らず扱いなわけで…。)

この手の作品は既存のモノの定義を変えて納得するため、初めて見る人と何回も見ている人で理解度や盛り上がりに差が出てしまう事が弱点だが、ドップリとハマってしまう見ていても何も違和感をかんじず、アニメの言っているデタラメにうなづいてしまうところが面白い。
そして、ツッコミやリアクションもしやすいのでネットで見た際に盛り上がりやすい。おまけにアニメと作品の中の常識が異なるため次の展開が予測しにくく「次が気になる」と思わせやすい。

新ジャンル【オリジナルリアリティー】…私は流行ると思いますが、どうなっていくでしょうか。

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*1:手の内が読めて勝てるのは野村克也という実例があるから否定しないが、野球選手が3割しか打てない理由は「それだけ難しいスポーツ」である事をわかってもらいたいね。高校野球の名選手だって6割だ。10割打者なんかありえない。100打席勝負をイチローVS小学生投手だって、絶対にイチローは100本ヒットを打つことはできない。バットに当てることは可能かもしれないけど。ヒット性の当たりをヒットと呼ぶという定義なら小笠原や青木でもいいけど、どれだけうまくやっても10割には行かない。