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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

王を笑え!〜馬鹿だらけの時代のメディアリテラシー論〜


ここ最近、思うところがあるのでハッキリと言わせてもらいます。

日本人はメディアリテラシーがなさすぎる!!

インターネットが良いとか、テレビが悪いとか、朝鮮人が悪いとか、左翼が悪いとか、保守が王道とか…そういう立ち位置で話す人が多い割にはその多くの議論が調べが足りない。
私はよく「ネット右翼」とレッテル貼る人のいうネット右翼の存在を信じない。しかし、「ネットが正しくテレビが間違えだという二元論に溺れた過激な思想の持ち主」がいて、そういった人が落ち着いた人の意見を朝鮮人認定する迷惑な現状があることも理解している。

わかりやすく言えば、「テレビ・教育・法曹などの一部が過度に左傾化・金儲け主義化したように、インターネットの中でも冷静さを欠いた人が過度に右傾化・白痴化」していると言いたいのだ。
身に覚えがある人は反発したくなるような耳が痛い話を書くため、炎上のリスクを考えておりますが、インターネットで情報を仕入れ、発信する諸君の高い良心・知性を私は信じます。信じるからこそ、その警告を受け入れて貰え、取り越し苦労で終わることを願います。

記事の内容

  1. 裸の王様を作ったのは「馬鹿な部下」
  2. 「正論」の強さと弱さ
  3. バカな女ほど相手を束縛して振られる。
  1. 裸の王様を笑うことができない周りの人を私は嘲笑する

たしかに、インターネットの世論の方がリテラシーがある時代もあった。これは「政治」と「エンターテイメント」の2つの側面から説明できる。

まず、「政治」から。あの政権交代選挙でネット世論だけは麻生政権を支持した所は未だに評価するし、ネットの底力は証明されていると思います。これは当時、世論誘導した「たかじんのそこまで言って委員会」「週刊現代」などが公式に「政権交代を煽りすぎた」と謝罪している事、民主党が麻生政権時代の政策を踏襲している事から麻生太郎のわずかなの支持者として、戦ったネット民は雰囲気ではなく、政治を政策の善し悪しで見抜いていたことになる

次に「エンターテイメント」について。インターネットで普及している同人作品の方が映像と音楽について言えば、テレビよりもすごいものができるようになった。有名な話をすると、あのジャニーズもボーカロイドの曲を盗作した事件がありましたね。ついには産経新聞のようにインターネットの中でのトレンドを取り上げるような枠を儲ける既存メディアも表れ、世界中がニコ動・YouTubeに投稿される日本産の映像・音楽作品に反応を残して香港・台湾ではニコニコ組曲を集まって、日本の動画サイトに送り込むという現象も起こった。大げさな言い方をさせてもらえば、インターネットの中でも自主的な創作の分野では日本が中心的存在を担う国になっていることを我々はもっと自覚し、高い市場を作り続けるべく切磋琢磨すべきだ。

また、台湾の話は後に3.11の後に政府に代わって「お礼広告」をネットから集まった個別の寄付で出すことに成功したところへつながっていく。「とてつもない日本」で麻生氏は自衛隊やODAの活動が外交のプラスのイメージを与えると語ったが、麻生氏の主張にさらに私から付け加えを申し上げれば、「インターネットによって配信される文化とその交流こそが最も日本外交を後押ししている」と付け加えたい。

とてつもない日本 (新潮新書)

とてつもない日本 (新潮新書)

ここまで聞くと「やっぱりネットはすごい」という論調が間違えじゃないように見える。

しかし、インターネットの権力に奢ってブログを炎上させたり、排外主義的な主張を高らかに叫ぶ人が増えてきているという現象、もしくはインターネットによってもたらされた3.11前後の風評被害を現実として直視していない。また、菅直人前首相が取材の中で当時のことを弁明したときに鵜呑みにするはてな・Twitter民の間で多くいた事も当時の事を思い出せば、とてもメディアリテラシーに基づいた行動とは言えない!!

ネットを信仰しすぎる一部の過激な人間がネットの影響力と正当性をタテによく考えない「裸の王様になろうとしている」という事実を誰も指摘してはいない。
民主党という政党の欠点をマスメディアの中で青山繁晴と金美齢以外のすべての人間が口を閉ざしたから政権交代は成立した。つまり、裸の王様に「あなたは寒くないですか?裸でたるんだ腹を見せて恥ずかしくないですか?」と言える人があの2名と部分的に出演するエコノミストしかいなかった。よく、青山繁晴氏を「原発推進派の回し者」だの金美齢を「台湾でハブられた弱小右翼」だのという言い方をする人がいるが、とんでもない!!少なくとも彼らはこの件については最も冷静な判断をしたことは評価されてしかるべきだ。全面的な信用というものではなく、この二人の発言には「重さがある」という事は頭に留めるに値すると私は考える。

裸の王様を作り出した青山・金・一部の良心的なエコノミスト以外のコメンテーターを私は嘲笑する。同時に、インターネットの自浄作用がなくなろうとしている今の現状にモノを言えない人間もまた嘲笑する。

  • 「正論」の免罪符化が、「正論」を汚す。

私はフジテレビデモの取材の際に「創価タレントを使うな!メディアに今も昔も好きな番組はない」と彼らの質問にまともに答えない連中がいたので、(その過激なオバサンのはなしはこちらで読めます。)「彼らは「正論」に酔っている」という疑いを感じていたが、それはチャンネル桜というネット世論に大きな影響を持っている放送機関ですらも、そういう部分がある。

といいますのも、山野車輪さんという漫画家がフジテレビデモについてチャンネル桜の討論の中でこういう事を言った。
「フジテレビデモはあくまでマスコミの報道姿勢を正すためのデモである。だから、愛国・日の丸と言った表現やメッセージ性はデモの本質をぼやけさせてしまう。国旗を下ろし「我々が抗議するものはマスコミなんだ。それはイデオロギーに限らず、共有できる価値観ではないのか!」と叫べば、共感してくれる人はもっと多いのではないのか?」
これはごもっともな指摘だと思う。2ch初のデモでは実は国旗を掲げる人よりもプラカードを持って歩く人が多かったが、こう言ったモノを歩いた人が実は桜では少ない。
もう少し強い言い方をした人もいて「桜が来ることでデモに政治的思想があるように報じられるため、嫌だ。」という一般の参加者の声も私と同世代の若者から聞かせていただきました。

政治系の人間というのはどうも「何が正しいか」という事に凝り固まりがちで、方法論を論じることをおろそかにしている人がしばしばいるように感じる。「必要悪」や「妥協」「すり合わせ」を活動の中に盛り込んで「目的を成し遂げよう」というところが少ない人の存在を多かれ少なかれ感じる。
まして、この場合の山野車輪さんの意見の通り「日の丸」のイメージが悪い事もまた現実として直視しないといけない。デモに対するメッセージ性を意識して、そこに特化しようという発想そのものをニコニコのコメント達は8割が彼を否定し、その場でも理解すらしようとしなかった人が2名もいた事をみると「日の丸」「愛国」を免罪符の様に「万能の価値」として解釈する人間の存在を感じずには居られない。

何がなんでも自分のやり方を曲げない福島みずほ」「小宮山洋子」「西村眞悟」みたいな人がいることについてはむしろ大歓迎だが、そういう人の意見だと落ち着いて見る事が大前提だ。そのリテラシーがない人はチャンネル桜を見る事、ネットで見聞きすることは難しいといわざるを得ない。

桜にも桜の意図があることを理解するが、桜が正論でほかの指摘を廃するというなら「テレビ脳」だの「思考停止」だとネットの人達が普段批判している人間の姿と変わらない。自己批判を自らの行動に対して皮肉を込めてしていることになってしまうのではないのかい?

  • 「信用」とは確率。

私が「記事の内容」では「バカな女ほど男を束縛する」と言ったが、これは私が年上の女性「この女は危険だ」と言われた人の特徴だ。それなりに仲良くさせてもらっていた女性でしたが、その人と男ではなく、女同士での会話を聞いたときそういう危険な臭いを感じ取って、私と今は交流がありません。

もう少しいえば、私の母親がそういう人で…精神的に殺されかけたことが何回あったか…。失ったチャンスが何度あったか…。

しかし、私の母にだって良心はありますし、全く言うことを聞かない訳ではない。ただ、信用ができない・冷静な判断をする能力がない・私の障壁になるという事から「距離を置こう」と決め込んでいるだけだ。
私は基本的に共同体の力を信じるが、うちの母親にその「能力がない」と知ってからは相談ごとは全部父か、旧友かネットで知り合った信用できる人にして、母には何の相談もしてません。また、極力関わりを立ちたいので冠婚葬祭関連も私は母とは関わりを持ちたくないです。

嫁の顔も見せたくない。葬式も出たくない。*1

…話戻しますね。半ば精神疾患気味の状態まで追い詰められた経験から人間は「信用でき「能力がある」人」と「信用できる能力が「ない」人」の二種類に大別できることを悟りました。…宗教でも開祖したような確固たる悟りです。

根っからの悪人なんて、言うのは1割ぐらいしかいない。残りの9割は基本的にはいい人です。これをパレートの法則に合わせて8割の「信用を得る「能力がない」人」と、2割の「信用を得る「能力がある」人」に分かれる。あとは好みで友人を選ぶ。(※外国人行くとどういう割合になるかは知らないので、日本の例です。)
日本国民の18%の中から友達を作れるんですよ?2000万人ぐらいはまともな友達候補がいる。
だけど、その18%の人間だって、間違いは犯します。自分の立場から利益を誘導して人を裏切る事だってあります。


最近、たかじんのそこまで言って委員会という番組でフジテレビデモに関する報道が起こり、そのデモの報道が筋違いであることからインターネットで動画として拡散されるという事態が起こりました。

私はこの番組の評価が下がったと言っているネットの諸君に言いたい。
民主党への政権交代を煽った番組の報道なんてこんなもんだよ。むしろ、誰も取り上げない話題を大人の事情があるにせよ取り上げたことを評価したらどうだ?どういう罵られ方をするか、どういう反論をするかというカードを向こうが切ったなら、それを使って次のビラやプラカードを作ったらいいじゃないか。それでまた屁理屈を言ってきたら、また対応する。その繰り返しでデモがお台場周辺の一般群集にどんどんわかりやすくなじみやすいものになっていけば、捏造であっても取り上げてくれるだけありがたいものだ。」

実際、たかじんが今まで論じにくい話題・他の番組に出せないゲストを呼んだという功績があるのもまた事実だそれをいきなり手のひら返しにして「この件で信用を失った」というのは単細胞だ。ネトウヨと揶揄したくなる人の気持ちも少し分かる。ネトウヨ=ニート・フリーターと位置づける人の気持ちは分からんけど。)

もちろん評価が下がることはしかるべき措置ですよ?ただ、いちいち番組を「不買だ」「信用できない」と高らかに言うこと自体が未熟だよ。粛々と「たかじんの番組はここは面白いからこういうものをやって欲しかった」「こういう事は番組の持ち味を潰すからやらないで欲しい」といえばいい。SNSでも掲示板でも番組へのご意見・ご要望でも構わないが、そうやって現状を変えていけばいい。たかじんのそこまで言って委員会という番組の過去の功績を見れば、話の通じる相手である可能性は大いにありますからね。(それにあまり歪曲するとゲストがいやがってでなくなっていきますから、番組が自己消滅します。)

さっき言った18%の根はいい人で、信用もできる人に出会った時でも猜疑心・疑問に思う心を捨ててはいけない。これはテレビのコメンテーター・番組・企業・コンテンツなどもそうだ。
女の腐ったやつみたいに「あなたのことを信じていたのに…嘘をついたからもう嫌い。」とか馬鹿なセリフを吐く人がいる。それが「高貴なる嘘」である可能性や方便である可能性も想定できないとするならば、私は至極嫌な気分になる。

辛坊治郎がその放送中にこういったじゃないか。「テレビの歴史は洗脳の歴史」だと。これの意味を想像すれば、あの番組の存在意義はあると思いますけどね。


それらを考えられない人間から被る不愉快な気分だけで終わってくれればいいが、それが実害をもたらすようなことがあった日には…いや、実際にそういう人が周りにいるからより一層、人への猜疑心と誠実さを捨てないで生きてますよ。誠実さは私を信用できる人と評価してくれる人を周囲に増やし猜疑心は私が信用できないすべての「欺瞞」から守る強固な人望以上の強い盾と矛もないですからね。

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山野車輪さんの話を出したので、今日はこれを貼ります。過激な事を言っているようなタイトルを付けてくる割に、思考としてはドライな人。ネットでは誤解を招くことが多いですが、僕は1つの意見としては彼のような人は好きですね。

*1:特に婚儀に関しては、私は潔癖性なまでにこだわりがあって、そもそも嫁に会わせない。嫁から会いに行きたがるなら、俺は付いていかない。嫌味なんか言ってみろ?額が血だらけになるまで頭下げさせるぞ!…結婚式に出てこようものならその場で殺すと思う。…出るという話になっていたら、警察に冤罪を捏造して誤報でマスコミを集めてでも一日拘束させる。私を育てたのは高校時代のお師匠様であり、父であり、諸友人・諸先輩です。母については育ててやったぐらいの気持ちですよ。実際、本人がそう言ってますし。