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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

欲望と幻想のテレビジョン〜AKB48の台頭と失敗〜


ここ二日ほど、アニメ評論に明け暮れてましたが、本業の経済・政治に関する話に戻らせていただきます。

  • アメリカの貨幣$と掛けまして、日本のマスコミと解く

その心は、『威張り腐って自分勝手なことばかりしているだけのやつは誰からも信用されない』と言うことです。

タイトルの元ネタは【欲望の幻想のドル】という本のタイトルから来ていて、大学の成績が悪い人の救済課題になった本です。*1

今のマスコミのやっていることはまさに欲望に従って行動して、その欲望の先に見るを幻想を追いかけているといえます。欲望の正体は短期的な浮き利であり、幻想の正体はテレビが好調だった時代です。

AKBの台頭はその象徴ではないのか?そういう考えの下でこの記事をかかせていただきます。

主な内容
・お茶の間の本質を理解しないAKBのドラマ出演
・AKBはビジネスを盛り上げ、エンタメを堕落させた。
・浮き利を負うことの報い
・自滅する資本主義と経済学の弱点。

  • あれだけ人気のAKBが映画もドラマも大失敗。

主に前田敦子出演作品に置ける失敗がひどいのですが、ドラマ『花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス2011』では9時代で6%という低視聴率を記録。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1643810.html

…大根役者、ファンが少ない、アイドルなのにブサイクなど様々な批判が飛び交っていますが、この人本人ではなく持ち上げた人にこそこれは責任があるのではないでしょうか?

…ブサイクかどうかというよりも『アイドルって感じのする顔』かどうかをまず検証していただきたい。*2

…そういう事です。アイドルの顔芸で笑うことは普通はないのですが、彼女のドラマで作る表情は芸人に匹敵するほど面白いのです。

そもそも、AKBの人気は実はテレビを見る中心層よりも若い。テレビはシニアやアラフォーのエンターテイメントなので、AKB人気を他の世代に持ち込んでもそんなにヒットしない。十代ももちろんテレビを見ますけど、一日中テレビを見ている人達ではありません。

消費活発な女学生の本質を付いた台詞がある。
『若くて、お金があって、可愛い女の子というのはさ、プライベートはムチャクチャ忙しい。お金を払ってでも買いたいのは時間なんだ。遊ぶ時間、女の子同士でおしゃべりしながらスイーツを食べる時間、彼氏と会う時間、習い事、パーティー、学校…。そんな貴重な時間を(以下略)』(出典・堀江貴文『拝金』P91、好きという選択より)

テレビを見るときに中年以降がよく行く場所は無造作についていることがある*3が、若者の場合はそうでもない。自宅で『わざわざ』見るのだから、それ相応のクオリティーを求める。
中年以降とて同じだ。AKBなんてユニット名はしらないがドラマは見る。ドラマを見たときに『あの子はアイドルだから大根役者だろうと、不細工だろうと仕方がないよ』は許されない。

電博などの広告企業や大マスコミのプロデューサーはここらへんをちゃんと理解しないといけない。頼まれても入る気もないが、勝手に指南をさせていただこう。

よく芸能記事やスポーツ新聞で見かける『誰だったら数字が取れる』『キャラがどうこう』と言う話で視聴率を論じるのは浅ましい。子供から高齢者まで見たいものは【時間をかけて見蕩れ続けていたい面白い作品】です。ドラマだったら演技力だし、報道ならためになって正論が言われているかどうかです。

昨日の記事で【かわいい】と【萌え】は違うと言いましたが、これはここでもこの法則は使えるのです。かわいいはテレビに例えると報道番組のアナウンサーですね。どういう経緯があるかは知らないけどなんとなく美人で、好印象な感じをうけます。萌えというのは女の子の経緯を通った感動や芽生える愛情ですから、ドキュメンタリーやドラマのヒロインでしょうね。例えば、福原愛ちゃんなんかは子供のときからテレビにでて選手として有名だったから、年配の人は彼女が試合に勝つとほかの選手よりも人一倍の思い入れを持って喜ぶ。

大河ドラマにNHKが女性の姫様のドラマをやり始めた事はすごくその性質を理解している。他にも情熱大陸やプロフェッショナル、カンブリア宮殿なんかもいいですね。ああいう風に【こういう努力があって結果がある】という感動を示す。これが美少女だと『萌え』という愛おしさにつながってくるのがオタクですが、ドラマにはそういう萌えの性質は持ち込める。女性はおっさん萌えなるものを感じる人もいる。

AKBをドラマに出しても、それはかわいい(にすらなれてないもの)に過ぎないのです。視聴者を心の底から萌えさせる理由がない。演技が下手で、物語は昔ドラマ化した作品で、キャラも可愛くないとなれば、そこに萌えは生まれない。

  • AKBは音楽業界の荒らしである。

私は過去の記事で【AKBは音楽業界のブルーオーシャン戦略だ】と言いましたが、これはどうやらビジネスから見た目線であって、AKBファン以外の消費者からすれば荒らしのようです。

私はアーティストと呼べる歌手が好きです。椎名林檎さん、倉橋ヨエコさんみたいに曲に世界観があって、演出に凝るようなアーティストが大好きです。最近だとレディーガガさんもそういうタイプですね。アイドルって言うのもいますよね。美人でダンスやタレント業もこなす人。

AKBはどちらでもないです。キャバクラ嬢です。

当て付けではないです。常連客でも出禁にするところや、ファンにうん百万分のCDを貢がせるところ、さらには落ちぶれるとAVに脱退して出るところなど…そっくりじゃないですか!(※ソースは希望があれば探してきますが、全部有名な話です)

私は高校時代から一貫として『バンドが台頭しない音楽業界になったら滅びる』って言ってきました。90〜00年代前半はバンドもそうですし、曲が弾ける・書けるシンガーソングライターが多く台頭したから賑わっていた。かくいう椎名林檎だって、実はギターもピアノも弾けるので、決して黒魔術師でも色物でもない。

ランキングがアイドルとタレントユニットが00年代後半から溢れ始めて、今日に至るわけですが、そうなると新しいモノが生まれてこないのです。顔がいいからCDを買う人何かいません。動画配信サイトでいいランク取ることはPV次第では可能かもしれないけど、結局声もサウンドもひっくるめて音楽ですから、音楽をやる人の夢がない音楽業界になってはいけない。

テレビの音楽はAKBの台頭が滅びの象徴です。本当にバンドやって本格的な音楽やる人はインディーズだったり、同人に流れたり、アニメ・ゲームのサウンドクリエイターになったり、趣味でSNSを通じてセッションする。音楽の形が変わっていくでしょうね。

テレビに出ることが音楽家の恥になる日がこのままだと本当に来るでしょうね。

  • マスコミとかけてパチンコと説く。

その心は【正当化された愚民製造装置】ということです。【たかじんのそこまで言って委員会】の中でマスコミ人を読んで議論させた回があったのですが、そのときに運用者になればなるほど、メディアの正当性を主張し自らの非を認めようとしなかった。

随分前の放送なので、もう忘れかけていた頃に今度はチャンネル桜の討論でパチンコの業界誌の発行者が『パチンコで勝てない奴が悪いのであって、我々はクリーンなギャンブルだ』とあれこれと正当化を始めた。

詳しい議論はこちら

儲かればいいということしかないのですよ。両方とも。パチンコがそういう姿勢なのは依存症や子供を置き去りにして死亡させる事件の続出で有名だと思うのでメディアを中心にやります。

消費者金融のCM、パチンコのCM、保険のCMなどまともな企業の広告とは思えないものがやたらと多い。あとソフトバンクなど特定の大企業のCMがすごく多く流れますが、これもあまり健全とは言えない。

今日、就活回りした企業でいいことを教えてくれました。
広告と広報は違う。広告はお金を使えば、法律すらも曲げてあらゆる要求に答えてくれるが、広報はお金を使わない。お金を使わない代わりに記者やソーシャルメディアを通じてクチコミをする。特に我が社では記者に情報を出して、記者に広めてもらうような取り組みで業界でも有名な企業になっている。』
まともな企業は日経スペシャルの取材に答えたり、テレビの特集に商品を紹介してもらうなどしますね。(もっとまともな企業は宣伝すらしないでクチコミだけなんですけど。)
製品があるならば、企業のプレスリリースにみんな関心をもってみるのですよ。あるいはそれを紹介すれば記者やプロデューサーが宣伝してくれる。

マスコミの体質として高いCMの収入がテレビ局の大多数のCMになっていて、そのスポンサーが社会的に不健全であるか、過度にスポンサーが少ないと公正・中立な報道など出来るはずがない。

私はそれを問題視したい。現に報道は今すごく歪んでいるのはそういうことではないのか?報道は民間にスポンサーがいるからお上たたきが盛んになりやすくなるのではないのか?役人はスポンサー企業と癒着できるが、現場の公務員はそんなことできるはずがないから、公務員たたきが起こるのではないのか?…そこまで考えないと報道のひとつも落ち着いてみられない世の中になって欲しくないものだ。

  • テレビが自滅する日はすぐそこ

わかり易くフローにしてみましょう。

メディア自滅までの道
視聴率にこだわりコンテンツの強化をしない→視聴率が取れる即戦力ばかり出演させる→マンネリ化を招き、視聴者が固定された層になる→人気物をテレビで採用するが結局は固定の層に対応した番組しかウケないためコンテンツが画一化していく→広告を打つターゲットが絞られているため、広告も自ずと絞られていく→広告を出した企業が少なくなる結果発言力が増す→報道・番組内容に介入するため間違ったタブーが増える→報道に信用をなくした結果エンタメ以外で存在意義を失う→芸人と顔だけの女ばかりになり、年寄りすらも呆れ始める→そして、誰もいなくなった。

今がどこにいるかは申しませんが、この過程をたどっていっていることだけは想像にかたくないでしょう。

評論家日下公人は『経済学の前提は道徳がある事。発展するためには人間が効用として捉えるものの正体を突き止めるために心理学・社会学・史学に通じないといけない』と述べている。
マネジメントや経済学は社会という体の骨格について論じているに過ぎない。筋肉を人間がつけた後に何をするかがなければ、オーバーワークの末、その人の体は壊れてしまう。
社会も同じで、今の世の中は目的がなく『時価総額を上げる』『業界ナンバーワン』のためのノルマに労働力が酷使されているが企業にはその先を見据えた精神性がない。社会の精神たるものに対する価値比重が低くなっているから、生きがいがない。かつてあってモノを捨ててしまった【戦後の社会】のなかにない。個人で見出さないとないから個人主義が加速していく。

経営者や政治家が哲学・文学・文化・宗教に目覚めるのはその答えが欲しいからだ。筋肉だけじゃなくて、心も大人になりたい人は本を読んだり、人と会ったり、考えに耽ることで大人になっていくのです。自分の共同体をそう変えたいからこそ、その長はそれを目指すのです。

経済学や経営学は体を大きくするだけであって、それが精神的な豊かさにつながっていくかと言えば必ずしもそうではない。ただ、自分の目の前にある売上を求めて、達成して、『やったー』だけの精神的には幼い世の中の最後は達成できなかった時の叱責から来るマイナスの循環。
マスコミの自滅というのはその叱責の循環であり、これは精神性や目的意識がないイタズラな利益追求・時価総額至上主義の企業にもやがて訪れていくでしょう。

日本はもう社会の骨格は大人と言う言葉では足りない大男になりました。大男に見合った社会の精神性を示すことこそが今の資本主義をもっと幸福で人間に優しい社会に導くために必要とされていることでしょう。


本日の記事は長くなりましたが、なるべく幅広い議論を心がけて故に生じたことでありますので、ご理解の上ご了承ください。最後までのご拝読を読者の皆様に感謝いたします。
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*1:FPの資格持ってる俺が金融論で救済課題やるのは恥ずかしかったので、絶対にやらないと決めてましたけど。

*2:もっと見たい人はリンク先の痛いニュースか僕のはてなフォトライフを見て下さい。

*3:銭湯・スポーツクラブ・個人経営の飲食店・都会のビルの液晶パネルなど