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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

アニメ評論やろうか【神様のメモ帳】


神様のメモ帳』という作品見て色々と思うところがあるので、ネタバレを最小限にしながらアニメ本編の話よりもむしろ【『最近のアニメ』と社会現象の傾向】っていう観点で話を進めていきたい。

  • 最近のアニメの悪いところが凝縮された作品

原作ファンの中にも【なぜ、あんなオリジナルにした】と疑問の声が湧いた本作だが、オリジナルだから悪いとか原作はいいとかそういう問題じゃない。
設定もストーリー展開も全く現実味がないくせに、世界観を作るだけの根気も創造力もないから真似事が目立つ不自然なアニメができたのは決して原作に責任がないとは言えない。
もちろん、面白いからファンがいて、アニメ化されているのであろう。だから、原作が100%つまらないとは思わないが、私が思う違和感ぐらいははっきりと言わせていただきたい。

具体的に何を書いていくか箇条書きにしておきましょうか。

  1. 安直なストーリーと心理描写
  2. ツッコミどころ満載の生活感のない空間描写
  3. センスのないオマージュ…というよりもパクリ。
  4. 主人公が動かない。(もうこの手の主役多いけど現実的じゃないよ。)

そして、最後にそれらを総括した上で
ライトノベルの表現が示す社会の現状】
というテーマのことを書いていきたいと思います。

  • 1、決め付けと思い込みの虚像

俺の妹がこんなに可愛いわけがない】【とらドラ】でもあった話だが、やたらとライトノベル原作のアニメというのは、虚像を見る人間と虚像・現実に苦しむ人間というのを書くのが好きだが、そういう奴というのは残念ながらそんなにいない。

人間の評価はおおよそ客観的で、自分自身よりも自分を知っていることだってある。

これは私が【市場万能主義】者が多い経済学をやっている人間だからそういう思考なのかもしれないが、私の知る限り自己評価と友人の評価がそれほど乖離した人はあまりいない。

就活や学校の成績のように表面上の見栄えがいいものを評価するものは例外として、友人から『美人で、頭も良くて、優等生で、私のあこがれで』と言うことを言い出す作品を作った人間はしっかりと人間を観察できていない。(あるいは友達と呼べる人間と付き合ってこなかったのかもしれない。)

【告白】という映画の中に面白いセリフがある。
先生『成績のいい生徒を妬んではいけない。それは○○の個性だ。』
実際の生徒はそう思っているからこんなことを学校の先生に言われなくても分かっている。成績・偏差値に劣等感を抱く人だっているが、同世代であればたいていの場合、学歴や成績に関係なく友好関係ができる。

だから、ライトノベル作品にありがちな【優等生をうらやましがった台詞】は日常の会話の中ではテストに関する所以外では割と出てこない。
まして、テストの成績がいい人が多少の悪癖があっても『ちょっと意外』という程度で済む。現実にその悪癖に一々突っかかって、『あんたには幻滅したよ』とか言っている人はその人も大抵は嫌われ者だ。『めんどくさいヤツ』というのが他人の評価の相場だろう。

更にわからないことが1つ。それが女性が女性に純潔である事を求めるという言動だ。
本編を見てもらえばわかるが、そういうシーンがある。しかし、男性が女性に純潔であることを求める気持ちはわかるが、女性が女性にそれを求める発言の意図が分からない。

年配の先輩が誰かと付き合うとか、愛し合うなんてのは自然な話なのに…ほとほとわけがわからないのさ。現実に生きて人と付き合いのある人なら『これはないなぁ』と思うような心理描写が多過ぎるのですよね。この話のヒロインであろう探偵についても同じ事が言える。

おおよそ一人一つはあるが、書いていると時間がないから次に行きます。興味がある方は注釈にしておくから読んで下さい。*1

  • 悪い方向にありえない設定

ギャグ漫画とかコメディーならまだしも、現実社会に実在するものを活用した設定ならその周りもリアリティーがないといけない。…というのもリアリティーがないくせに、実在するものが浮いている作品は見ていて非常に奇妙であり、何よりも疑問の対象になる。

私は以前にもAngel Beats!という作品について『ドナーカードを通じた臓器提供者と被提供者の関係である2名が出てくる以上ドナーカードの設定はある程度ちゃんとしないといけない』と書いたことがある。Angel Beats!はドナーカードというものを使って臓器提供の話をしておきながら、ドナー提供の条件である健康体・脳死などの条件を満たしていない。看護師の友人に言わせれば【臓器提供は時間が勝負であり、このケースのように主人公が餓死したと考えられるほどに、衰弱している場合脳死でもないし、臓器を他人に提供できるほどの鮮度もない】そうです。

神様のメモ帳なんかはその悪設定の塊であると言える。

まず、NEETの定義。たくさんニートを名乗る人が出てくるが、金品の関係は別として働いているではないか。もしも、金品を貰わない労働者もニートに位置づけるならばボランティアもニートであるし、この作品に出てくる人はニートじゃないかもしれない。

次に、カネに関する謎。NEET探偵を中心に主人公以外はほぼ謎である。そもそも金があれば、今の若者の大抵はニートになる道を選べるがそれがないから(半ば必要悪的に)働いているわけで…。同じニートが多い作品でも【東のエデン】の場合は『ニートが企業を興す』という話だから収入源に矛盾はないし、ニートの定義についても【大人の下で堅苦しい労働をして搾取されるのはゴメンだ。】という意味合いから重労働も縦社会にも参加しない人達という枠組みがある。

次にもっと初歩的な謎。何でパソコンだらけにして、エアコンがフル稼働した部屋が普通のマンションの一室にあってブレーカーが落ちない?よしんばブレーカーを変えたとしてなぜ大家や組合から許可が出る?やっぱり気になることは【ミリオタ】と【NEET探偵】に付いて言えば軍資金はどこから出てる?よしんば、パトロンがいたとしても、パトロンの得は何だ?サツ回りをするキャラについてはどうして情報がもらえる?事件についてもそうだが、あきらかに趣味も職業性も異なる人達が目的意識が共有できている理由がよくわからない。何よりも、ニートってそんなに交友関係が広い人たちなのかい?だったら仕事でも何でもそいつらで始めたらいいのに…。趣味に関わる手近なところから。

…まぁ、言い出したらキリがないのですけど、要するに【理由を説明できない】んですよね。こうだいう結論だけがあって、その結論の上で話が進んでいるから見ていて世界観がすごく変。

ライトノベル原作作品やエロゲー・ギャルゲーにはこういうチグハグした設定のものがちらほら存在するが、疑問を解決できない作品は結局ファンが【文学だ】【芸術だ】と大層な言葉で飾っても、欠陥としてその原作の設定がある限りそれは普及しないのだ。

原作自体がストーリー性よりも優先度が高いことがあるために、本編で致命的な矛盾になり得ない東方プロジェクト・ギャグマンガ日和コジコジみたいな作品はちょっと例外だが、ストーリーが成立していて現実社会にでてくる言葉を使っている作品はやはり矛盾はその作品の汚点となる。根本的なことであればあるほど

最後に私の怒りを買ったのがミリオタが別れ際に放った『靖国で会おう』という台詞。
これはミリオタがいうセリフではない。そもそも意味を理解している人ならこんな言葉はネタで使ってはいけない。ミリオタが浮いたオタクだという理解はあるが、彼らなりの節度はあるわけで…。その節度に反する台詞なんです。軽々しく日常の挨拶でいう台詞じゃないんですよ。死地に向かう兵隊さんの台詞なんてのは!!

冗談で許されない事を平然と言うのはやめていただきたい。これは原作でも名セリフのように言われているが、不見識極まりない。この話だけ細かくやると『戦後の思想がどう』とかという話になるから割愛しますが、イラついたのは私だけじゃないはずだ。ネタじゃ済まされない。

  • オマージュとパクリの違い

よく議論になる事だが、エヴァ以降のアニメ作品にはオマージュが多い。しかし、尊敬のなさゆえにパクリとこの2つを混同する人がいる。

知らない方もいると思うので、敢えてここでもコンセンサスをとっておきたい。

オマージュとは編集

  • hommage (フランス語) 創作物や作者などにささげる敬意、賛辞。「リスペクト」「トリビュート」に近い。 また、そのような敬意を表すために作られた作品。 「オマージュ」と「パクリ」 「パクリ」は、敬意や尊敬の念なく、独自のアイデアや表現を加えない、単.. 続きを読む
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確かに似ているので、私なりに線引きをしましょう。その線引きの上で重要なことは『どうしたら、敬意を表現しながら自分の作品にできるか』ということです。

オマージュの定義

  1. 自分の作品のワンシーンになじむように改良されていること
  2. 台詞やデザインをそのまま流用していないこと。
  3. 見た人がわかるように面影を残しながら改良している事

私はこの点についてはエヴァンゲリオンの総監督『庵野秀明』が上手だと思いますね。
アニオタ・特撮オタから見たらたしかにあれは何かのマネであることは見当がつくのですが、アニメにも特撮にも通じない素人にはとても新しいものに見える。
トップをねらえ!に関する解説ビデオを見たときに本人が『ここはドラえもんを、ここは特撮を意識して作った』と言ったが、言われるまでとても気付かなかった。

しかし、最近の作品はそういう所で『パクリ』といってゴリ押ししたり、パクってるつもりがなくても台詞が丸ごと同じものがあって『これは真似だ!』という話になるものが非常に多い。

私がオタクになったからわかるようになったというのもきっとあるのだろう。しかし、深夜アニメは基本的にオタクの比重が多いのだから、オマージュ一つとっても【言われないと気づかない】ぐらいのモノにして欲しいものだ。
この作品の場合は実名で様々な日常のものが出てくるし、他の作品を思い浮かばせるシーンも多い。他人と距離を取る主人公はエヴァっぽいし*2、ニートを連呼するところは東のエデン、事件に関連した登場人物は俺の妹が…(セリフまで結構かぶってる)、ワッペンは涼宮ハルヒの憂鬱。…要はオリジナリティーなるものがすごく乏しいのだ(ただ、フォローのために言うと時期的には原作は東のエデンが後。しかし、原作だとニートとギャーギャー言うだけじゃなくて、ニートがなんなのかという議論のために出しているため、東のエデンとかぶっているようには見えないし、東のエデンとニートは別の定義になるように説明がなされている。しかし、一話だけをみるとパクリにしか見えない。(※ここだけ加筆))

どれもニコニコ動画でアニメを見るような人はおおよそ検討が付きそうなレベルの有名な元ネタばかりで、オマージュと言えるほどの尊敬もオリジナリティーもない。だから、変なのだ。

  • 主人公の主体性の欠如。

ライトノベルの主人公にありがちなことだが、非常に気持ちが悪いことがある。
それは他人がやたらと積極的で、主人公がやたらと消極的なこと。それもこの作品は際立って酷い。

推測されることはエヴァやガンダムから来ている現象なのだろうけど…ここまでひどくはなかった。特にガンダムは多かれ少なかれ反抗的な主人公だが、最低限やる気はある。なし崩し的にパイロットになる展開はたしかに【主人公よりも大きな運命じゃないの?】という話にはなるかもしれないけど。

神様のメモ帳の場合は主人公がやたらと他人を距離と置きたがり、主体性がない人だといったが、そのくせ周りはやたらと積極的に彼を誘う。それが理解に苦しむ。

現実的に考えて、輪に入らない人は仲間などできない。誰だって知らない人に声をかけることは抵抗がある。(コミュ力や年齢によってその抵抗は下がっていくのだけど)
結局心理描写の問題に返ってしまうのだが、い周囲の人間というのは【客観的】だ。いい意味でも悪い意味でも客観的だ。だから、仲のよくない人間に声をかけるのは抵抗がある。『こっちが得するのか』という自分の都合もあるし、『迷惑じゃないかな』という相手の都合も加味して。

だが、この項目を分離したのはラノベ全般にありがちなこの傾向を批判したいから敢えて分離した。という訳でどうしてこういう傾向の作風が採られるかということを考えてみたい。

主人公のよくある台詞の傾向としては
『もうありふれた日常にうんざりだけど、それ以外の場所を僕は知らない。そういうモノを体験してみたい。』
というようにそういうところなのだろう。深層心理までは存じないが、本人が言うからには変化を望んでいるところまでは間違いないだろう。

だけど、その行動が伴わない。【東のエデン】の言葉を借りるならば、『一億総他人まかせ』という奴ですね。あとは『今は被害者の方が強いんだぜ。』という言い方もある。

要するに、『行動しない方が得することに気づいたのですが、それが賢いと思ってみんながやり始めるとスゴく閉塞感のある世の中になってしまいました。』ということ。

  • アニメからくる社会の問題提起

私は道徳的には堀江貴文が嫌いですが、彼が行動としてやろうとした行動については一定の評価をし、時代の寵児として一世を風靡したことに対しても納得がいく。

ライトノベルのように『何もしていない主人公が巻き込まれて充実した時間を送るようになる』スタンスがとてもいいとは思わないが、こういう作風というのは現実の問題から投影された作風である。
経済界の堀江氏、政界の麻生氏、芸能界の江頭2:50田代まさしなどネットで人気のヒーローというのはそれぞれにカラーが強い行動派が多いが、そういう行動派は総じて潰される。一時的に反映しても既存の富裕層の嫉妬にあって潰される。

たしかにアメリカでも財界は政界を掌握したが、これが若者潰しのために権力を牛耳る結果にはならなかった。アメリカは政治犯のごとくベンチャービジネスの有名人を投獄するような不自由な国ではない。こんな肩身の狭い国を作った今の日本の上層部はもっと恥を知らないといけない。アメリカの真似をするというならば、意味の無い規制緩和ではなく、もっと自由にビジネスを創ろうとする若者のチャレンジ精神に投資する文化や、富裕層が貧民に寄付する文化を真似たらどうだい?

そういう世の中への高度な批判なのですよ!…ただし、意識的にやっているかどうかは人によるでしょう。しかし、どうしてそういう奇妙な主人公が作られ、高校生がそういう閉塞感を感じる描写が共感を呼ぶようになったかを考えれば私の考えるようなことがあると思います。

文化は社会を映す鏡であり、社会を高度に解釈した文化は社会を想像します。

神様のメモ帳の最後の部分でラーメン屋の手伝いをさせられる主人公が嬉しそうだった理由は、混沌とした時間に巡り合えたからです。

今、就活をしていて【楽しい職場】だとか【海外に行ける】だとかそういうコトばかりが宣伝されているけど、ちっとも楽しそうじゃないのです。主体性だって【やらせていただいている】ということが前提となっていて、よくも悪くも【サラリーマン】しか採用されない。

【一億総他人任せ】の社会に対する批判で、その代案がアニメやラノベの中では『青春』や『NEET』なのかもしれない。

評論文書くために3回アニメを見返して、最後の最後にはそういう事を考えました。世の中が何かに巻き込まれなくても主体性が湧いて、充実した生活が送れるように変わっていくことを主体性しかない変人の私は願うばかりです。

追記・紆余曲折*3あったけど、書き始めてから半日潰してしまった。…なんと言うことだ。半日かかるほど長くてややこしい文章を書いてしまったが、読んでくれた方には頭の下がる思いで感謝する。

続く→http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20110806/1312620829

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フォローのために言わせてもらいますが、挿絵は今注目のイラストレーター岸田メルさんがやっていて、原作ファンも『アニメよりはずっといい』とイチオシする作品です。楽天での評価も高かったので、私もこれは読んでみようと思ってます。ぜひぜひ興味のある方は【私の】バナーから!!(卑しいなwww)

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著者:杉井光
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*1:まず、主人公。自分自身がコミュニケーション能力が著しく低いだけなのに、どうしてああいう風に【高等テク】だといって人の名前を覚えないこと、友達を作ることを正当化できるかが非常に疑問だ。アニメやラノベにそういう主人公はよくいるのだが、彼らはそれに対して何かしらの嫌悪感とかふてくされている自覚のようなものがあったが、【高等テク】などとほざいてしまうこの作品の場合それが乏しい。次にニート探偵だが、これなんか最も心理描写が変な一人だ。どういう設定でああいう台詞を言う人になったのかがさっぱりわからないのだが、悪い意味で普通じゃない。最も引っかかるのが【世界中で飢餓が起こるのは自分のせい】だと考える人なんかいない。不毛にして、現実にその飢餓を目の前にしない限り現実味がないからだ。具体的な話をすれば、同じ震災を受けた東京と福島でも家が壊れた人とただ【怖かっただけ】の人では当事者意識が違う。人間というのは自己防衛のためにある程度他人行儀な所を持っていないと生きていけないのだが、そういうところがない。ないくせに無駄に日常の事もこなせないこのキャラクターはあらゆる意味でチグハグしている。次にラーメン屋さんのマスターだが…これは一話見ただけでこれを問うことは酷かもしれないが、『ニートに協力する意味』がわからない。これは主人公にも聞き込みされる警察官にも言えることだが。

*2:しかも3話では有名なシーンをパクっているようにしか見えない『動け』のシーンがある。

*3:洗濯と買い物など