かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

尊敬の対象であり、オリジナルでもある父


唯一母親に似たという部分は芸術とかクリエイティブな分野に興味が強いことぐらいです。

今週のお題が「お父さん、ありがとう」と言うわけで、話をさせていただきます。

  • 母とは馬が合わない分、父とはよく話す。

世間では大体性別が逆の子供を可愛がり、子供は逆の性別の親を尊敬する事が風潮としてあるそうだ。しかし、我が家の場合は母親に尊厳がない。というより自分で無茶苦茶な事を行っているがために、尊厳を失った。(子供は優しく育ったので、ちゃんとしたことは聞くように兄妹揃って耳を傾けていますが、ちゃんとしたことを行ってくれないのです。)

…そういう訳で、子供の頃スポーツをするとき、社会の疑問をぶつける時、母親と別々に一人暮らしするときには大体父に相談していましたし、父に企画を出しに行って根回しのアドバイスを頂いたのちに母にだしに行くということをしていました。

父には『あんたら、似ているからもめるんだよ』とよく言われますが、認めたくないのが現状です。(美味しんぼで言う山岡と海原雄山の関係みたいなもので、雄山(母)がやることなすこと文句しか付けないので、一緒にいるとやる気が削がれるのです。)

  • このブログにおける『政治・経済』ネタの8割はオヤジがいないと書けなかった。

といっても父が特別熱心な教育パパであったわけではありません。

しかし、私個人的には『全国の父親の見本として、教育機関のお偉いさんの前で話しても決して恥じない』素晴らしい教育をされたと思っています。
【素晴らしい教育】の結果が偏差値で示されるなら、子供を全寮制の学校にぶち込んで、一日15時間勉強させるように軟禁したほうがいい。しかし、そういう努力をして地域一番校にいった子供が家を燃やして親を殺すような事件があるから私は断じて認めない。

父が私に最も教え込んだことは『本質を見抜く力』です。平たく言うと【分析力】と現場に行って調べる【行動力】です。

その内容は大きく分けで2つ。

1、質問に対して答える。(話す時間を持つ。あるいは、私が何か言いに来たときに極力応じる。)
2、自分の趣味に付き合わせる(あまり家でダラダラさせてくれる家庭じゃないです。)

  • 1、10人の阿呆よりも、一人の賢者

私の興味が政治・経済・サブカルチャー・科学技術とある中で、サブカル以外は全部答えられたため、高校以降は父の話だけで政治・経済は勉強しなくても点数が取れる領域になった。

若干親米寄りなところはあるが、父から教育を受けていた私は中学の段階で『日本≠借金まみれの貧乏国家』ということも『安全保障の必要性』も気づかされていた。(海外に行く機会があるにしても、日本ではマスコミ報道しか見てないはずなのに、父には洗脳が効かなかった。)

そのため、私も高校時代に高3の世界史の教員が政治色の強いの先生*1だったが、その洗脳には引っかからなかった。

この技術は就活においてはブラック企業を見抜いたり、財務・人間・ビジネスモデルを分析するときに役に立っている。
ブログを書くときにも記事の中で生かされているものはほとんどが父から聞き及んだモノに基づいた分析力と経済の基礎知識だ。(多少上乗せはしているが、根幹の分析力があってこそのものだ。)

社会科についてはその政治色の強いの先生を除けばいい先生に恵まれた方だが、大学に入ってからは父を超える経済知識をもった教授を持つのところ2名いるか居ないかというそういうレベルである。経済学部だから、経済記事を書くことが多いが、授業の内容など10%ぐらいしか参考にしていない。

  • 2、人間生きていると、思わぬところで思わぬことが役に立つことがある。

正直なところ、父のいくつかの趣味の中に付き合わされたり、私に何度か宣伝されたりしたが、オタク趣味以外はほぼ父の趣味から受け継いだりする結果になった。

まずはテニス。子供の頃に夫婦でやっていたのをみて、中学の時に軟式をやり始めた。高校の時に硬式に変えると妹以外の間で家族共通の趣味となったが、これは今のところ大きく役に立った機会はない。テニスというよりはテニスで付けた観察力とチームの中で何をするかという自分なりの組織論を確立したという外的な要因だ。

よく付き合わされるものとしては【船に乗る】というのがある。別に特別金持ちだとかそういう訳ではなく、共同でお金を出し合って船のレースに参加するサークルに長い間所属していたため、船の掃除やら船でくつろぐ日やらに付き合わされた。(私が記憶にないうちから連れていっていたらしく、記憶にない人が私のことを親しい仲のように呼んだりすることが父の知り合いにあうとよくある。)

この趣味は絶対に役に立たないと思っていた。海を見る、付き合うと何かしら美味しいものが食べられるなどの短期的な気分転換ぐらいに思っていたが、これが意外なところで役に立った。

被災地に取材に行ったときに津波で乗り上げた船と、もともと陸にいた船を見分けて、どこが違うかを読者に説明するときに役に立った。港の被害なども見たときに『ここがこうなっている』という話を飲み込むときに役に立った。(まさか、釣りをしたり、仕掛けからタコを取る体験がこんなところで役に立とうとは…)

参考写真はこれ

被災地の取材はここでみられます。http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20110503/1304384949
連載ものなので、港(漁港)部分の被害だけを見たい方はこちらhttp://d.hatena.ne.jp/TM2501/20110510/1304998552

何よりも趣味のいいところは『人脈ができる』ということ。震災関連で東電のOBに取材することができたのはこの趣味のおかげで、記事として書かせていただきました。http://d.hatena.ne.jp/TM2501/20110520/1305821350

  • 絶対的な評価基準はない。大事なことはバランスやさじ加減を持つこと。

偏差値、スポーツの秀才、何かの職人という風に育ててもらえなかったため、私に対するイメージは極めて凡庸なものがあるかもしれない。そして、父自身も何か驚くような肩書きがある訳でない普通のサラリーマンだからとても立派な人には見えないかもしれない。

しかし、私は『大事なことを教わった場所』は家庭だと信じているし、何かを飲み込む基礎になったのも家庭があるからだと信じている。
距離が近く、欲しいものを与え、意思を尊重することだけが温かみや教育ではない。

ベストだと思うものを与えつつも、そこに選択をさせ、近づきすぎず、遠すぎずの絶妙なバランスを保つ。
繊細なんですよね〜教育にしろ、それを受ける子供にしろ、親心にせよ。そういうさじ難しいさじ加減がよくわかった方の教育が受けられたことが私の人生の最大にして最初の幸運かもしれません。*2


…私は文字をたくさん各人の端くれとして『ありがとう』と言うのはすごーく重苦しい感じがするので言いませんが、感謝の念・もやもやとした抽象的な心情が伝われば幸いだと思います。

にほんブログ村 大学生日記ブログへ

*1:日教組自虐史観を強く教え込む先生。『教え子を戦場に贈らない』という謳い文句と、東南アジアにおける日本の抵抗勢力だけは無駄に詳しく教えてくれたが、私は覚える気すらなかった。入試に出るものでもないし、日本の支配によって良くなった地域がたくさんあることを知っていたからだ。

*2:まぁ、さじ加減がよくわかってない母親と何年も過ごしたことが人生の最大にして最初の不幸なんですけどね。