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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

名探偵コナン 14番目の標的


最近、名探偵コナンの映画を色々と見ているのですが、コレが一番面白かったというか理屈としてピンと来たので、採用しました。

劇場版 名探偵コナン 14番目の標的 [DVD]

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  • 犯罪はトリックよりも、心理。

私が推理小説・漫画・アニメとか見るときに大切にしている事はコレです。

手の込んだトリックを見ると『これ本当にできるの?』と思ってしまうひねくれものなので、『何でその人が殺そうとしたか、襲ったか』という事を重点的において見ます。


先の読書日記で書いた『陰陽師暗殺』に手口としては非常によく似ています。昔のコナンはよかったと思う点は『複線』があり、犯人が推理できる点に加えてその犯人候補が『どんでん返し』として途中で成り代わる事、さらには犯人が抵抗して映画の尺が推理モノ以外の部分の部分で楽しめることです。

推理小説の難点は二つしかない事です。これがある故に推理小説は犯人を特定する事と読者が事件に対して興味を持って追いかけてくる事のバランスを取る事が非常に難しい。(だからどちらかを選ばないといけない。)

・犯人をわからないように、突然出てきた人にする。(情報の非対称性をつくり、探偵が推理で足りない情報を補填する手法。どんでん返しが作りやすく、シナリオとして高度な物が作れる。)
・犯人がわからないようには努力するが、犯人に関するヒントは全部出す。(早期に犯人がわかってしまう事が欠点だが、読者に推理に参加できるため、読者が楽しめるできになる。)

アニメの場合は『声優で犯人を判別する』というマニアックで大人の事情が絡むような手法もあるが、これは無しの方向で議論を進めたい。(私はわからなくて、いつも『え?この人だったの』というタイプの子どもだったため私のような子供達の夢を壊したくない。)

トリックよりも真理を求める理由として、人間が人を殺す事は実は簡単だからだといいたい。
大気中に漂っている物で、あるいは狭いところに閉じ込めるだけで、もっとシンプルに乗り物を利用して、あるいは自分の指先一つとわずかな道具で人は簡単に死にます。

昔、このブログで書きました。『命は軽い。尊いかもしれないが、重くはない。』と。それは人間を殺す物、殺す事のできる存在があまりにも多いためです。
高尚なトリックや高度な薬物を使わなくても、ブサイクな方法でよければ、あなたが今パソコンを打ち込んでいる手だって人を殺せる。

問題はそれを『自分も牢屋に入れられ、何年も後ろめたい思いをするようなリスクを冒してまでする理由』の法が重要です。表面上は命は『尊い』のです。法律や社会はそれを前提に殺人や傷害事件を罰するのですから、そのモラルを破るだけの理由のほうがずっと重要です。
動機のない殺人というのはそれほど不気味な物はない。罪を犯す事に対して何の後ろめたさもない人間といのは道徳が崩壊しているキチガイなのですから、それは人を殺すにはそれなりの理由が要る。

…もちろん殺さない事が一番良いのですが。

コナンの映画というのは細かいところを『ここおかしくないか?』というシーンがいくつかある。今回もあまりにも長く潜水するシーンがあるが…これには目を瞑りましょうか。

しかし、トリックうんぬんよりも犯人と反抗の描写や序盤で話題になっていた『何で小五郎は警察をクビになるリスクを冒してまで人質を銃で撃ったのか?』という答えに対して非常に明快な答えがあったため、私はこの映画を推します。


コナンもう一つ推薦したい映画があるので、後々それも触れていきたいと思います。

オマケ
実は原作者の青山剛昌さんが劇場版では原画を担当するほどコナンの映画には熱心に参加しています。その人の原画パートをまとめた作品があるので、もしよかったらどうぞ。


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