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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

映画館はなぜ生き続けられるのか?〜お客はいったい何にお金を払っているのか?〜

映画の話

mixiの友人が映画館の値引きのニュースを見て
『映画なんぞ、時代遅れだ!そもそも映像を有料で見るという発想がおかしい』
と一蹴した。彼は超有名な国立大学に通う優秀な学生で、彼の言うことには一理ある。一方で正しく、一方で詰めが甘い。

だから、差し出がましい事ですが、映画館が大好きで月1のペースで映画館に足を運ぶ私に彼の話について反論させていただきたい。同時に、彼が考えるような疑問は多くの人が思っていることであると推測できるため、ちゃんと映画館という存在についての説明を論理的にしたい。

  • 時代を超えて生き残る映画館

彼の言うように確かに、映画館は『生きた化石』そのものである。しかし、穴がある。例えば、彼の理論通りなら映画館はカラーテレビが出た時代に潰れた…はず。または、120分以上の動画がアップロードできるようになったニコニコ動画やぱらすてなどの台頭で潰れた…はず。

ところが、潰れるどころか、映画を作って儲ける収益モデルは健在で映画の宣伝をするメディアも映画を作る会社も残り続けている。(映画館は結構潰れてたり、縮小したりしてますけどね。)

  • 映画館と新聞と喫茶店の共通点

映画館みたいに「潰れてもおかしくない、ローテク・合理性に欠いた商い」として私なら「新聞と喫茶店」を挙げる。

そういえば、新聞も潰れそうで潰れない。ラジオができた時、テレビができた時点で潰れてもおかしくない。ラジオには保存機能で勝るが、それならテレビが録画できるようになったら潰れてもいいはずだ。…しかし、それも「専門性」の分野で勝てると思っている人がいる。ネット…これだ!でも、新聞は潰れてない。元々シェアが少なかった産経新聞はネットに早く進出したが、その他の新聞はネット進出に消極的なのに、意外に生き残っている。

他にも様々な雑誌が廃刊になる中で新聞だけが生き残っている事実。これもこの議論のポイントになるだろう。


この答えを明確に言い表す人がいた。『たかじんのそこまで言って委員会』というテレビ番組で金美齢という女性の評論家がこんなことを言ってる。
金「朝、ポストまで足を運ぶと、新聞が届いていることに安心する。その新聞を隅々までじっくりと読むゆったりとした時間に私は幸せを覚える。しかし、今の若い人は要点をチェックする事のみに焦点が行くためこの時間の大切さがわからない。

僕は東浩紀さんや上杉隆さんがTwitterを煽っている姿を見て、「いや、情報ってのは単語じゃないものもあるんだ」という「適正」の話をしてやりたいと思っている。
「情報のデフレ化」とでもいえばいいのかな?シンプルかつわかりやすく、刺激的なものばかりがネットに横行するようになり、その人達の声の大きさに押されて、「情報を吟味し、ソースを読み込んで発言する」僕みたいなブログが極めて少数派になってしまった。(※それでも間違った情報を引くことはあるけどね。)

新聞と映画の共通点は2つあり、一つは「情報の多さ」で、もう一つは「時間」だ。

映画も新聞も「時間をかけてじっくり読む人」のために作られている。1つの単語・フレーズばかりが先行しがちなTwitterや掲示板に比べて、じっくりと読み込む底の深さがある。(※掲示板も『読み物』っぽいものはあるのだが、タイトルだけ読んでコメントするいい加減なものも結構ある。)

「時間」というキーワードを意識したとき新聞は「偏向報道」「マスゴミ」と揶揄される連中が改善すれば、可能性のある媒体だと思う。何しろ、雑誌と違って「習慣的に毎日読む」という人間の生活の一部に溶け込ませてしまうからだ。 映画館に於ける時間の意味は二つあり、一つは「劇場に座った時の感覚」が気持ちがいいこと。もう一つは「時間を区切る」こと。

「時間を区切る」機能では、喫茶店がよく似ていると思う。

昔ながらの喫茶店は珈琲一杯に500円を越えるお店がある。(最高で800円の店に入ったことある)経営者からすれば、長居するお客からお金を取る事は当たり前だが、珈琲を飲むだけならドトールやスターバックスに行けば、100円台で飲める。

だけど、喫茶店にたかだかコーヒー1杯のために500円払う理由はその空間にいることで気持ちが入れ替えられるからだ。映画も喫茶店も共通しているのは「店に入った時と、出た時の気分の違い」だ。

やるにしろ、やりきったにしろ、自分が普段いる場所から離れて別のことを考えられる時間と空間が確保されたことで、気持ちが落ち着くのだ。フレーズで言うなら「心の深呼吸」と言ったところかな?同じところに毎日いると人間の感覚がさびてしまいます。どこかで、入れ替える機会をつくらなくちゃ!

  • 映画館と車とかけて、文化と説く。その心は恋の天使!!

映画館「車」にも似ている。

そういえば、若者の車離れが深刻だそうだ。そりゃ、税金や維持費が高いから車なんかタダでもいらないと僕のような若者は思うが、昔の若い人には単なる乗り物ではすまない。昔、すごく仲がよかった女の子が彼氏が免許もちなのに、一度もカーデートをした事がない事に対して不満を漏らしていた。
【彼氏の車】に乗る事が重要なの!二人っきりで好きな事を話す時間が車の中にはあるから車はすごいデートツールなんだ。
…なるほど。そういえば、映画館もデートで行く定番の一つではないか!!そして、車は今の若い人にはお金がかかりすぎるが、映画デートなら彼女の分を出してもせいぜい4000円で済む。(学生ならもっと安い)しかも、ちょっとHな話をすると暗闇の中でとなりには女の子がいて、手を触れたって映画館で声を上げれば目立つのだから到底そういうことはされない。(悪用されるとも、野獣になれるとも言えるが、それは個々のカップルで決めたまえ!私は「方法論」を言ってるだけで「やれ」とは言ってない!

そう言えば、映画館は次の日が休みだと深夜までやっている。人間は夜になるとムラムラして、エロくなるって話を聞いたことがある。それが本当なら、日付が変わっても映画をやる理由というのは映画を観るためじゃなくて、映画館でイチャイチャさせるためなんじゃないかなぁ…。と思う。

偶然か、必然か、川崎駅周辺で一番、遅くまでやってくれている映画館の周りには歓楽街・ホテル街があったりする。(そう言えば、新宿って無駄に映画館があった気が…気のせいか。)…何が言いたいか?

仕事後に待ち合わせる→ちょっと飲む→深夜に映画を観る→ラブホに行く→朝帰り(と見せかけて→次の日にテーマパークに行く→彼氏の家転がり込む→止まる→今度こそ朝帰り)

…こういうフレームの中に映画って組み込まれちゃってるんじゃないかなぁ・・・と思うのです。(ちなみに、この話のところで、二日間デートをすることを前提とするなら「徹夜カラオケ」→テーマパーク→彼氏の家というコースを歩んだ友達を僕は知ってます。)

  • まとめるとこうなる

映画館や新聞、喫茶店はサービスそのものではなく、【時間と場所】を提供する場として、機能しているんだ!
そして、車と映画館の場合は男女の仲を取り持つ、【キューピット】のような役割を果たすため、若い人を狙うわけだ。(特に車をデートに使う事は自動車教習所のビデオなどでは定番のシーンになっている。)

もうちょっと飛躍した考えを述べるなら
映画館の入場者数と若年層の自動車保有率が上がれば、結婚の平均年齢が若年化して少子化が止まる!?
…よく調べてないのでいい加減な推論です。しかし、もしも本当にこのデータを証明した人が現れたら、今の社会はもっと面白い発想になるかも。


いや、逆にこういう考え方もある。
『新しいデートの方法を提案できる娯楽を提案できれば、その娯楽は文化として確立され、例え技術革新によって時代遅れになろうとも何十年でも生き残る!』
…これはあながち嘘じゃないですよね?ネットや携帯はそれによって通信料を伸ばしている部分はあるわけですし。

私の実体験から言うと、mixiが大学生中心のメディアになったのは非常に良かったことだと思う。(フェイスブックも大学生が普及に貢献したのもね。)

デートツールとして優秀なんです。(出会い系のツールや浮気調査のツールとしても優秀ですけどね)

mixiはツイッターの真似をせずに、カップル向け、友達づくり向けに特価すれば僕は如何にユーザーを取られようと生き続けると思う。

「ビジネスライクなツール」としてネットに期待する声があるけど、先駆者はともかくとして後発の会社はそれを追いかけるべきじゃない。ビジネスライクなツールであるということは「もっと合理的なツールがあれば、そこを外れる」と言うことになるからだ。

映画や新聞みたいに「その人の生活の一部」「文化の一部」になってしまったら、それは合理的じゃなくてもユーザーは使い続ける。それをすることで心が落ち着きますからね。
僕の場合なら「映画館」以外なら「コミックマーケット」がそれに入る。一日15万人がひしめき合う場所に本を買いに行くのは極めて合理性に欠いた行為だが、それをやることで落ち着くのだ。もっと言えば、楽しいのだ。

悪く言えば、パチンコや薬物と同じような「悪癖」の部類に人をはめてしまうことなんだろう。だけど、ビジネスやコンテンツの考え方として「合理的」だとか「使いやすい」というツールとしての機能ばかり論じられている昨今の傾向と一線を画す意味で、映画館は面白い研究対象かもしれない。